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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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「ラーン……」


暗闇。
時刻はおそらく月の支配下ではあるだろうが、そんなことはこの場所の明度に何の関わりも持たないのだろう。
ここは太陽や月からの干渉を受けないのだから。


開いたばかりの瞳はまだ、闇に慣れない。
何も見えない中で、感じる土の匂いと、同じく手には土の感触であって。
そんな事に寝ぼけた頭を使っていた刹那、ぱち、と、聞き慣れた音――まるで静電気が起きたようなあれだ――が、耳を掠める。


「……ラーン?」
「……ああ……サンキュ」
丁度右隣で、彼の愛称が怪訝に呟かれる。
先程の音と同時に、ぼんやりと、本当に微かな明かりだが、隣の少年の手の内で灯される光。
彼が暗闇で何も見えない事を察して、少年が電気で作り出したのだろう。
しかし、さすがにこれだけの光では、周りの地形などを目で感じることはできなかった。
あらかじめ言っておくと、ここは洞窟のような――とりあえず、辺りは土。

「うん……眠たい、の……」

そう言うだろうとは思った。
そう呆れた風に考えてみるも、自分自身が睡魔でため息を吐く余裕もないのだから、少年の事を言える立場ではなく。
むしろ、今回は少年のこの言葉が自分に重なってしまうものなのだから……まあ、当の発言者はいつも通り、自分の気持ちを述べたに過ぎないのだろうけれど。
とりあえず、それは思っただけに留めておくとして。
「で、何だよ」
「……?」

彼は別の質問がある。
少年はまた怪訝に首を傾げた。
その瞳は虚ろで、つまりは彼自身も現在――というよりいつもそうなのだけど――眠気でうまく頭が回っていないということを感付くこともできるもので。

「……起こしといて、何も無いとは言わせないからな?」

そう、寝起き特有の苛立ちを若干含ませ、少年のほうを向くというわけも無く呟く。
向かずとも、耳さえそちらに傾けておけばなんの心配もいらない。
とは言え、そもそもまともな返答が来るとは期待もしていない。
また噛み合わない返答をするのだろうな、とは容易に考えつく。

「……」

少年はしばし黙り込む。
その様子は何か考えているようにも、また単に睡魔と戦っているかのようにも見える。
どちらにしろ、いつもと同じなら少年はそのうち眠りに入るのがオチだ。
よって、彼は再び眠りの中へ沈もうと、重い瞼をゆっくりと……。


「……音……」


しかし予想に反し、少年はポツリと呟きを残す。
閉じようとしていた瞼が、その一言でゆっくりと持ち上げられた。

「……音?」

彼が尋ねる。
少年はそれを聞いてかどうか、小さな声で続きを始める。

「うん、音…………音、さっき……音、が……足音……?」
「足音?」
「う、ん……眠い、ね……?」
「……はぁ」

少年の後の発言に、彼は呆れて目を閉じた。
しかし、先の発言の『足音』。
自分たちが現在身を置いているこの場所から考えれば、誰かが通りかかってもおかしくはないが。
しかしその疑問も数秒のうちに兆しを見せる。
ふと彼の脳裏を、数時間前のやりとりが横切った。

「……あれか」

少しの追憶の後、浮かんだ幾時か前のあの事柄。
確か、ここの奴らを上手く゛騙せた゛直後のあれだ。

「?」

ぼそりと声に出たものを、少年は聞き漏らさなかったのだろう。
彼に向けられた虚ろな目に向けて、彼は静かに口を開く。

「ここのトップみたいな奴が言ってたろ、夜は見張りが巡回するってさ」
「?……じゅ……?」
「巡回だ巡回。怪しい奴が侵入してねえか見回るんだよ」
「……うん……眠たい、の」
「……」

まあ、丁寧に教えても無駄か。説明はもういいだろう。
彼はそう割り切り、今度こそその瞼を閉ざす。
やはり眠いのか。一度閉じてしまうと、もう二度と開こうなどとは進んで思えなかった。
先程までの少年の灯が、本当に微々として瞼の裏に感じる。


――じゃあ、この仕事はキミに任せるよ。後の事、頼んだからね。


ふと、ここに潜入するまでの事が脳裏を過る。
ぼんやりとした頭の中に繰り返し響く、あの声。
瞼の裏にうっすら、その影が見えた気がした。

「……ラン、眠たい……の」

眠たいね。
少年はふわあと、隠すこともなく欠伸する。
その手はこの場を唯一照らす灯を抱いているのだ。隠せなくても仕方ない。
もう、いいだろう。

「……消していいぜ、それ。オレも寝るし」

起こしてきたのは少年だが、気が朦朧としているのは同じなのだ。
彼の言葉に少年は一度小首を傾げたが、やがてこくりとそれを縦に振った。


幾秒の間の後、ふっとあたりは黒に染まる。
目を閉じても感じられていた微かな灯が消えたのだろう。
闇に襲われ、まるで時が止まったかのような静寂が辺りを包む。

よくこういう場面で聞こえるだろうべたな水の音。
ここは言ってみれば洞窟だ。そういうものが聞こえるということは当たり前だろう。
しかし、それが聞こえることは何一つとしてない。


「……ここの奴らには悪いけど」


彼はあえてその沈黙に言葉を落とす。
落とされたそれは闇の中に谺する。
その反響も失せ、やがて再来する静寂。

先程と同じく、水の音はしない。
それはまるで、本当水が無いかのようで……いや、ここには『水が無い』のか。


「少し、騙されててもらわねーと……利用できるもんは利用しねーといけねーんだ」

響くその声。
やがてまた沈黙が保たれると、やはり例のあれなど聞こえはしなかった。
代わりに聞こえた寝息ととれるそれ。
隣の少年は一足先に夢の中だったよう――つまり、先程の彼の言葉は聞かれていなかったのだろう。

まぁ、いいか。元々、単なる一人言のつもりだったのだし。
そう思うと、どっと今まで堪えていた眠気の波が襲う。
閉じた瞼の感覚も無くなり、ぼんやりとした中へと彼の意識は溶けゆく。

枯渇しただろうその場所の一角で、彼はゆっくり、夢へと落ちた。







「ふーん……騙すってなあ」


ぼそり。


響かぬほどに微かな声。
少年のものではない。しかし、だからといって彼のものでもないその声。
それはまたこそりと呟きを残す。

「はぁ~全く……これだから世話がかかるっつーか、なんつーか……」

声からして青年だろうか。
呆れたようにそう言うが、溜め息のようなものが聞こえることはない。
代わりにくつくつと、圧し殺した笑いが溢される。
先の時に眠りに落ちた2人の数メートル前で、青年は洞窟特有の大岩のような、突き出した岩石の陰――この暗さだ、ここなら2人に見つかることもなかった――で、小さな笑みをたたえる。

「利用できるんなら、こっちもとことん利用してやるまでってな~。……だから」

岩陰から例の2人を伺う青年。
尋常の者にはただの黒。
でも、青年にはしっかりと見える。ここで生活する青年にとって、暗闇での行動は容易かった。
夜目のようなそれが利く青年の視線の先には、並んで土壁に寄りかかるエーフィとジバコイル。

(ここの『難題』を解決してくれるとか……さっきの発言を聞く限り、あれは嘘だろうなあ)

まぁ、はなからこいつらに期待などしていない。
それよりも、気になるのはこいつらからの『条件』か。
難題解決のために下された条件。



それを上手く利用できたら、もしかしたら……。



「オレがもう一息騙してやんよ。退屈しねえくらいな♪」



暗闇の中に、確かな笑みが浮かんだ。


――――――――――――――――――――――――

某サイトさまで書いているリゴレットのとある話の始まりみたいなもの。
私的にこの話が一番お気に入りだったり。
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