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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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空気の層がいくつも重なり合って遠くの様子を青く色褪せて見せる。
水飛沫が騒ぐのを聞きながら、ムルは川をずっと下った先に、木々が密集しているのを見た。
その先は地平線もあってどうなっているかわからない。緑に覆い尽くされた範囲も、広いのか狭いのかおおよその範囲も掴めなかった。

どうしたものかと息を吐く。
川辺に打ち上げられてないかも注意していたが、見える範囲ではそれはなかった。
足元が崩れて落下した哀れな相手に、とんだ災難だと憂いの念を向けてみた。

ふと見下ろすと、それまで木陰にいたはずの狐笛の姿が消えている――途中、水に飲まれず残っていた岩を見つけ、どうにか流れに攫われること無く反対岸にたどり着いた彼女は嫌々ながら少女と合流を果たしていた。
咄嗟に視線を振り回す。少し先に、川下に向かって駆ける少女がいた。
あのクソガキ、と口の中に言葉を打ちつけ、彼女は慌てて木から飛び降りた。
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「わあっ……」


暖かに流れる風に吹かれ、歓声が聞こえる。

より近くで見る花の海を前にして、そう感嘆するよりほかになかった。
燎原の火のごとき勢いで、少し後ろを流れるそれなど耳に入らない。気付かない。


「狐笛殿、このどこかに居られるのでしょうか?」

しばらくそれらに心を奪われていた後、燕紅がおずおずと切り出す。
その言葉があとの二人に現実へと引き戻すような感覚を与える。
はっと恍惚の心地から頭を冷まされると、慌てて少女は口を開いた。

「見た感じだと、誰もいないように見えるけど……」

ライラはそう言いながら頭をぐるりと一回りさせる。

その一周の中で視界に映ったのは花畑と、急流と、森と、一行だけだ。


ここは平地。
だから、かなり遠くのほうまで見渡すことも出来るのだけれど、ざっと見た感じだと何かしらの影は見当たらないように思える。

それにはたして、狐笛が自分たちと同じようにつり橋を見つけて渡っただろうか。
一行は運良く猫に出会ったことでこちらの土地に足を踏み入れたものの、狐笛が同じような偶然に見舞われているとは到底思えない。
自力であのつり橋を見つけるよりほかはない。



「……花畑、どこまで続いているのでしょうね」
「どうかな。多分向こうは海だと思うけど」

あの川の幅を見る限りでは下流のものだ。
今は荒れているが、いつもは流れも穏やかだろうとうかがえる。
となれば海も近い、かもしれない。

ライラは答えた後、シルビィに目を移す。
すると視界に映った彼はどこか、花畑の遠くを見ているはずなのに、それを見てはいないようだった。
どこまでも続く広い森。
しんとした森の中に、ぽきりと弱々しい枝の音が何度も響く。


「――あ。何か聞こえなかった?」

しばらくして、ライラが不意に尋ねる。

「何か?」

すかさず聞き返す、燕紅。

「うん。えーと……上から誰かが落ちてきたせいで倒れたような、音?」
「拙者は特に聞こえなかったですが……」

聞こえていたのかもしれないが、どうもこう、会話もないままでボーッとしていて、聞こえるものも聞き取れていないのだ。
思い当たる節も無いのか、燕紅がちらりと視線をシルビィに向けると、

「シルビィも。ライラちゃん、ひょっとしたら結構疲れてるんじゃないかな?」
「そ、そんなことはないけど……」

燕紅と同意したシルビィが苦笑して見上げるのを、ライラは戸惑いがちに否定する。
しかしシルビィはライラのそれを見ず、そのまま燕紅に向き直ると、

「とりあえずもう少し歩いてみようよ。そのうち森もおわるかもしれないし」

そう言って燕紅を引き連れると、また今まで通りに歩き始める。



「……んー」

ただライラだけが立ち止まり、心残りがあるように向こう――西のほうを見つめる。

見えるのは木……ばかり、なのだが。


「――あっちから聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったのかな?」


「――ったく。あいつどこ行きやがったんだよ」



見送りから戻り部屋に帰った頃にはすでに部屋はもぬけの殻。
床の間にあった名刀「闇姫」が無いことから、鬼月陰から出たのだろうと楽に推測はできるが。

相変わらずなんてマイペースな奴だろうかと思い、カンフィスは放りっぱなしにされた依頼で散らかった床を見下ろした。



「おーい舞夢? ……って、カンじゃないかい」
「あ? んだよテメー仕事行ったんじゃなかったのかよ」

部屋の外から顔を覗かせたファイに仏頂面で振り向く。
それをファイはお構い無しとしたように一通り部屋を見回すと、

「な、舞夢は?」

と訊いた。

「知るか。俺が来たらもうどっか行っちまった後だった」
「へー……」

別に期待はしていなかったかのようにファイが相槌をうてば、カンフィスの方は散乱した依頼を片付けにかかっている。
こいつは迷子捜しなんてやらないだろうな。
とファイが心の中でのみぼやく。


「なあなあカン、ライラ知らねー?」

そうそう、と手をたたき、迫るようにカンフィスに詰め寄る。
しかし当のカンフィスは、

「知らね」

と、整理の手を止めず即答。
それにより確実にファイの気が立ち。

「はあ?あんたんな適当に」
「仕方ねーだろ。大体ライラなら今日は鬼月陰に――」

「だから鬼月陰にいないから訊いてんじゃないか」

「――はァ?いない?」
霧が深い。

すぐ先も見えないほどの白い世界。
それは自然な物としてはあまりに尋常でないくらいに濃い霧。
その森の深く、とても深く……。





「――舞夢」

名を呼ばれ、少年はゆっくりと瞑想中の瞼を開く。

ついさっきまで暗かった目の前に疎らな木漏れ日が現れる。
霧に包まれているが、鬼月陰だけには深いそれもかからない。
森の中の空は霞んで見えないけれど、ここからは穏やかな空色と燦々とした太陽を見上げられる。


木の下の少年はぼうっと思考を巡らす。

さて、声の出所は背後。
誰かは見なくても耳が覚えている。
長い時を共に過ごした付き合いだ。

「――カンフィス。何か用?」
「あたりめーだ。用があっから呼びに来たんだよ」

ランターン、カンフィスは呆れを含んだきつい口調で言う。
しかし、とうの舞夢はそれに何も動じる事無く、いまだ座禅を組んだままでさっきの1つ返事のみで振り向こうともしない。

マイペースと言うか、どこかずれていると言うか……まぁ今に知ったことじゃねーが。
そんな意味合いの溜め息をつき、間を開けてから呟く、カンフィス。


「……客だ。維魔寺の輩が訊きてぇことがあるだと」


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