小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
「ユエ! ユーエー!」
ああ、コリルの声だ。
彼女は視線を上げ、映し出した影を先読みした影と照合する。無論判断に間違いは無い。
子供らしさを隠す様子も見せず、電気鼠はにこやかに笑みをたたえて彼女の前で歩を止めた。
駆けても呼吸が乱れないのはその身体のつくりのおかげなのか、はたまた体力満ち溢れる年頃からなのか。なんとなくそんな事を考えた。
「……どう、したの?」
途切れたような、心のないような、空っぽの言葉だ。
我ながらそう思うも、繋ぎ止めることができなかった。中身をいれることができなかった。
けれど空虚だと気付いてはいた。
その上で彼女は、無表情に首を傾げる。
「ユエさ、七夕って知ってる?」
「……たなばた……?」
右にもたげていたのを、左へと切り替えた。それに従うように頭の葉が付いて揺れた。
少年は少し瞬くも、掛けていたバッグの中を探った。
彼女の前に手が差し出された時、そこには細い紙切れが握られていた。
「これね、“短冊”って言って、ここに願い事を書くんだよ。今日は雨だけど……ううん、七夕の説明はいいや! ほら、ユエはまだ字書くのに慣れてないでしょ? 僕が代わりに書くから、言って!」
何か言いたげなのを呑み込むと、次に少年は筆を取り出して、にこりと彼女に笑いかけた。
本当にまだ子供だな、と思う。見栄が感じ取れない、ただ相手を喜ばせたいだけの行動だと直観できた。きっと、これを無邪気というのだろう。
そう考えると笑みが溢れる。
けれど、彼女の顔の色に変化はない。
そしてまた返答もなく、彼女はまた首の傾きを逆方向に転換するだけであった。
「……? どうしたの? 願い事、ないの?」
ぱちくり、と瞬いて、少年は彼女と同じように首を傾げる。
彼女は、答えない。
しばしの沈黙の中、少年はじっと相手を見つめているだけでいた。
彼女はただ空虚にそれを見つめ返す。
何か言おうかと少年が言葉を紡ぎかけたとき、僅かに彼女の口が開く。
「……コリルは、……何て、書くつもり……?」
ちょっと聞いてみたいなと、思っただけだった。
伝えられたのは、それだけの言葉だ。
やはり途切れて中身がない。そう気付いているのが自分だけなのか、相手もそうなのかは、わからなかった。
わからなかったのは、少年が顔を歪めることがなかったからだ。
「“ユエの記憶が戻りますように”――って」
そんな少年が見せたのは、明るい笑顔。
いつもと変わらず、明るい笑顔でそう答えた。
どれほどこちらが冷淡でも、どれだけ心のない言葉でも、少年はいつも、誰にでも、同じ顔を向けるのだ。
しばらく過ごすうち、そんなことに気が付いた。
気付いていたのは自分のことだけではなく、少年のこともだった。
(この子なら、きっと――)
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絶えぬ無表情と、絶えぬ笑顔と。
互いに、その声が聞こえていたのかもしれない。
(ある一時のお話)
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