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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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ここのところ近隣の仕事に回っていたため、少し遠くまで足を伸ばすのは久しぶりのことであった。
夜道を仲間と共に帰るのもなんだか懐かしい。
肌寒いと感じていたそれはどこへ行ったのだろうか、夜風は昼間の余熱を含む。
本格的に暑くなりだすこの時期はまだ体が空気に慣れておらず、日が沈むと吹き出すように疲れが襲った。
地面からもわずかに熱の気配が感じられる気がする。
こもる一方の熱。大地より上空の空気の方が冷えている気さえした。
彼は逃れるようにして天を仰ぐ。
その時だった。


「どうしたの?」

隣を歩んでいた祈叶はいつの間にか少し先におり、立ち止まってこちらを振り返っていた。
小首を傾げた少年に向かって、星が、と言おうとした口は開いただけで音は発されず、咄嗟に返事は中断された。
ネタを明かすのだと考えたら、なんとなく、言うのはもったいなく感じられた。

「……いや。久しぶりに晴れたと思って」
別のたったそれだけの言葉を接続すると、視線を闇の中に向ける。
彼は歩を戻そうとはせずにそこに停滞し、目を細めた。
祈叶は訝しげに彼を見ていた。
その目に映る彼はどこを見るとでもなく遠くに注意を払っている。
釣られるようにしてその先を追う。
真っ黒な空。一面の暗黒。
しかしすぐに、あ、という声がこぼれたのが聞こえた。

「だろう?」

たまらず彼はにやりとした。
目を合わせた少年は顔を綻ばせながらうんうんと黙って頷く。
祈叶も、彼の見ているものを捉えたのだ。

「そっか、ここのところ、雨ばかりだったもんね」

そう言って少年は再び星空に注意を払う――注意を引かれているといったほうが正しいか。
同じ黒でも昨日までの鬱々とした暗中の雲の色とは違い、今日のそれは宇宙そのものの吸い込まれるような色であった。
その暗黒色を飾るには小さすぎる粒々は無数に散らばることで壮麗な夜空を成す。
微小な白は無作為に分布するかと思いきや、いくつかは集まって闇を縦断している。
その光景が気を引いて止まない。

無邪気に眺める祈叶の姿を、微笑ましく感じた。
自身もまた果ての世界に意識を向ける。
大量の星の軌道はゆるやかな曲線を描き、川のようにそこに在った。
ふとその岸に、ひとつ目立つ光を見つけた。
はっとして対岸を見た。するとそこにまた、別の光がきらきらと輝いている。
途端に彼の注意はそのふたつ――二人に向けられた。わずかな輝きの大群の中で、その二人だけが異質に思えた。
誰かが創造した口伝えの物語を思い出す。
星にも美しい時期は存在し、彼はそのことを知っているはずだった。
けれど絶え間のない雨雲に阻まれてそんなことは忘れていた。

「七夕の伝説、か」

思わずそう口に出したが、その話に感動しているわけではなかった。
心に浮かんだのは別の話と、懸念と、願望。
引き裂かれた星と星の話は、広くこの世に知られていた。
けれど、引き裂かれた月と月の話は、近く息絶えかねないほど
であった。

「懐かしいなあ。子供の頃に、笹を用意してもらって短冊作ったかなあ」

思い出を語る祈叶の声は弾んでいて、それは彼へ向けられた言葉のようであった。
彼の一人言を聞いていたのだろう。

「祈叶。七夕の話は知ってるか」
「もちろん。織姫と彦星でしょ?」
「他は?」

間髪入れず問いかけると、少年は自信ありげな顔を崩して目を瞬かせた。

「他って? ええと、彦星は牛飼いで……」

たどたどしく言葉を繋げつつ――その時口に出したものもこちらではなく、人間の世界の七夕の話だったのだが――祈叶は苦笑いと共に彼の反応をうかがっていた。
彼が望んでいた返事はそれとは違ったことなど知るはずはない。
祈叶がそれ以上言うことがないとわかると、彼は苦笑した。

「何でもない。そうか」
「他に、何かあったっけ?」
「いや」

探求心のままに尋ねる祈叶を適当にあしらって、彼は一歩を踏み出す。
しばらくしんとしていた空気が土を擦る音で震えた。

「なにかあるんだよね? だから聞いたんでしょ?」

そう問うたが、彼は足を止めることなくひらひらと手を振るだけだ。
それが彼の誤魔化しの表れであるのを少年は知っていた。

「ねえ、ネレってば!」

少年は不満な声を漏らすと後を追いながら聞き出す努力を止めない。
耳に入らぬ素振りを保ちながらの彼は視線を上げた。意地悪く、少年と目を合わさないためだった。
相変わらず目に映る景色は広大な宇宙で、そこで今更に月のない夜であることに気が付いた。
淡い光が照らす満月の夜とは違い、新月の夜はとても暗い。
消えし闇月、星を愛でてその闇を成して、いと清げなる夜を見す――そんな伝説の一節を思い浮かべては、確信を得た。


湿っぽい風は真昼の熱を帯び、生暖かく頬を掠り続けていた。










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