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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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「……なんて冷たい風なのかしら」






彼女はひとり丘の上に立った。
夜風に紛れて軽快なリズムの歌が遠くに聞こえる。
光に照らし上げられた建物がそびえるのを背に、眼下に広がるきらびやかな景色に目を細める。
陽気な明かりと音に溢れ、賑わう街。
散りばめられた光粒は時折チラチラ瞬いたり、その色を赤から青へ、青から緑へ、緑から赤へと自在に変えて見せたりもした。
いつもはただ通り越すだけの道は祭り用に改められ、
照明を受けた露店からは威勢のよい声が上がり、その前を多くのポケモン達が通り過ぎ、時たま足を止めて並べられた品々に目を落とす。
その道の脇には電飾を張り巡らせた屋根が連なり、そこにいる者たちは飽きることなくそれを見上げて、楽しそうに声を上げて、そしてまた歩を進め……。
高台から見る夜の街は光の粒に溢れ、街全体が祭りの飾り付けを施されたかのように見えた。
ここに粉雪など舞えば風情があったが、生憎天候までは従えられない彼女はそこを悔いながらもこの景色に妥協した。

吐き出した息は白く染まって顔にかかり、空中に溶けてゆく。
暖かいのに慣れ親しんでいたが、今夜ばかりは潮風が吹き抜ける寒さも気にならなかった。

「本当に抜け出しやがった……」

少し後ろで聞こえた舌打ちを横目に見れば、ようやく追い付いてきた少年は息を切らせていた。
何度も何度も不安げに屋敷の方を振り返る様子の彼の行動はいかにもわざとらしいものだった。

「手助けしておいて、その言い様はないわね」

皮肉が聞こえた彼は恨めしげに彼女を見て、目が合えばあからさまな不服の色を見せた。

「こちらが逆らえないのをわかってて言ってるんでしょうが」
「フフ、そう思う?」

煽り立てるその台詞がわずかに彼の目を尖らせたその時、屋敷の方から火球が昇ってぱあんと闇の中で弾けた。
爆発から赤い星が飛び出して花の形を作ったかと思えば一瞬で夜空に散る。後には何も残らなかった。
思わずその名残に目を向ける。彼もちらりとそちらを見遣る。
おそらくかえんほうしゃかその辺りのほのお技の中にスピードスターでも仕込んでいたのだろう。
今年はそういう芸達者な一行を招いたのだと胸を張る父の話を数日前から聞いていたものだ。

「パーティーが始まったみたいね。あたくしが居ないことに、お父様はいつ気付くかしら」

そう発した声は我ながら楽しげに聞こえた、と彼女は思う。
罪悪感が無いわけではない。父に対して申し訳ないとは思っている。

「……旦那様に合わせる顔がない」
「勿論、罰を受けるのは貴方ですものね」
「誰のせいですか」

少年は苛立ちと共に噛みつくものの無駄に終わると解しているのか、それ以上反抗はせず、頭を押さえて息を吐くだけだった。
先の合図を皮切りに、背後に構える屋敷から歓声らしきものが漏れてくる。
いるべき場所から抜け出した事に不安が付きまとわないわけではない。
自分のやったことが正しくはないことを理解していないわけではない。
しかし遠くに聞こえるその声に、何よりも心踊るのだ。
危機感から逃れる感覚が、籠の中の彼女には愛しくてたまらなかった。

「さてと、行きましょうネレ。街の中を案内してちょうだい」
「ったく……行動は慎んでくださいますか」

観念したのか、やけくそになったのか――おそらく後者の方だろう。
ネレという言葉に少年は顔を上げ、怪訝な目で彼女に問う。
続けざまに彼女の名を呼ぼうとして、彼女がその鉄の羽根をかざして制止させる。

「今晩はその名を呼んではならなくてよ、身分がばれたらどうしてくれるの」

つい、と彼の背後に構えた屋敷を首で示す。
それにますます邪険な目をする彼なのだが、彼女の知ったことではない。

「立場をわきまえておきながら、こんな行為に及ぶのはどうかと思うが」
「お黙り。――そうねぇ……自分の名を自分で考えるというのも、面白いものね」

親から名を授かる以上、一生のうちで自分の名を考える機会など無い。
定着した名とは違う、仮初めとして自分を覆う名。
誰にも理解できない、自分に最も相応しい名。
彼女の頭の中はそれを考えること一つ。
その名を探し当てるのに、時間はかからなかった。

「……デビッド。デビッドね。今晩のアタクシはデビッドよ。そうお呼び」

それだけ言うと何の説明も加えることもなく丘から飛び立ち、祭りの中に身を投じた。

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