小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
霧が深い。
すぐ先も見えないほどの白い世界。
それは自然な物としてはあまりに尋常でないくらいに濃い霧。
その森の深く、とても深く……。
「――舞夢」
名を呼ばれ、少年はゆっくりと瞑想中の瞼を開く。
ついさっきまで暗かった目の前に疎らな木漏れ日が現れる。
霧に包まれているが、鬼月陰だけには深いそれもかからない。
森の中の空は霞んで見えないけれど、ここからは穏やかな空色と燦々とした太陽を見上げられる。
木の下の少年はぼうっと思考を巡らす。
さて、声の出所は背後。
誰かは見なくても耳が覚えている。
長い時を共に過ごした付き合いだ。
「――カンフィス。何か用?」
「あたりめーだ。用があっから呼びに来たんだよ」
ランターン、カンフィスは呆れを含んだきつい口調で言う。
しかし、とうの舞夢はそれに何も動じる事無く、いまだ座禅を組んだままでさっきの1つ返事のみで振り向こうともしない。
マイペースと言うか、どこかずれていると言うか……まぁ今に知ったことじゃねーが。
そんな意味合いの溜め息をつき、間を開けてから呟く、カンフィス。
「……客だ。維魔寺の輩が訊きてぇことがあるだと」
すぐ先も見えないほどの白い世界。
それは自然な物としてはあまりに尋常でないくらいに濃い霧。
その森の深く、とても深く……。
「――舞夢」
名を呼ばれ、少年はゆっくりと瞑想中の瞼を開く。
ついさっきまで暗かった目の前に疎らな木漏れ日が現れる。
霧に包まれているが、鬼月陰だけには深いそれもかからない。
森の中の空は霞んで見えないけれど、ここからは穏やかな空色と燦々とした太陽を見上げられる。
木の下の少年はぼうっと思考を巡らす。
さて、声の出所は背後。
誰かは見なくても耳が覚えている。
長い時を共に過ごした付き合いだ。
「――カンフィス。何か用?」
「あたりめーだ。用があっから呼びに来たんだよ」
ランターン、カンフィスは呆れを含んだきつい口調で言う。
しかし、とうの舞夢はそれに何も動じる事無く、いまだ座禅を組んだままでさっきの1つ返事のみで振り向こうともしない。
マイペースと言うか、どこかずれていると言うか……まぁ今に知ったことじゃねーが。
そんな意味合いの溜め息をつき、間を開けてから呟く、カンフィス。
「……客だ。維魔寺の輩が訊きてぇことがあるだと」
「シルビィ殿!」
「――あれ、燕紅?」
鬼月陰の忍、バシャーモが声を上げる。
相手はというと、少しの驚きを交えた表情で見上げた。
いくつかの木のうちで最も屋敷の入り口近くのもの。その木の上で燕紅はぱあっと明るく微笑む。
「珍しいね。こんな時間にここにいるなんて」
「はい!拙者、今日は休暇を頂きまして」
身軽に木から入り口前のシルビィの元へと降り立つと、燕紅は嬉しい気持ちを素直に顔に出す。
ああ、そういうことね。とシルビィが返し、2人揃って屋敷に入る。
「今日はどちらまで行かれていたのですか?」
「んっとー、ひろばの辺り? 今日はだいぶ賑わってて、ポケモンも多かったんだよね」
シルビィは答え笑顔を浮かべる。
「だからお客さんも多くてね♪ いつもよりお金くれる人も多くてよかったよ!」
ジャラ、と、金属音とともに布袋を見せるシルビィ。
そこには道化師の仕事で儲けた分の金銭が入っているのだが、なるほど、確かに今日はいつもに比べ大きい。
この利益は鬼月陰のものになるので、つまりは頭である舞夢に渡さなければいけないのがしきたり。
今も丁度、そのために舞夢のいるであろう部屋まで廊下を進んでいるわけで。
「ふふ……舞夢君、驚くだろうな~」
楽しみなように呟きが漏れる。
やはりそういう部分は子供なのだろう。
しかしふと、顔を燕紅へ向ける。
「そういえば燕紅」
「え? あ、はい。何でしょうか」
「燕紅がここにいる時っていつも舞夢君といるのに、今日はどうしたの?」
キョトンとした燕紅にそんな疑問を投げ掛ける。
普段なら舞夢に付きっきりでなついているのに、どうしたものかと頭に過ったのだ。
「あ、はい。舞夢殿はお客様のお相手で」
「お客さん?」
「そうです。なので拙者は退室させられまして……」
残念そうに苦笑すると、ふうん、とシルビィが返す。
今舞夢のところに向かっているのだというのに、何故今更言うだろうか。
客が来ているというなら、シルビィも部屋には入れないのだろう。
全く状況が読めていないのは燕紅の性格上仕方はないのだが。
まぁ、燕紅だしね。と仕方なく納得して顔を上げる。
――と。
「ついちゃったしなあ……」
例の部屋。
ピシャリと襖は閉められていて、奥で舞夢はいるのだろうが客の相手となればいきなり開くことなどはできない。
客にも失礼だとはシルビィも理解している。
ここまで来てまた戻るのも何だし、とりあえずは客が出るのを待つこととし。
「ねぇ、燕紅」
「あ、はい?」
「お客さんって、どんな人?」
「あ……す、すみません、拙者顔を見ていなくて」
――訊いた僕が悪かった、燕紅のことだから知らないよね。
心の中でそんな事を考えている間に、
「――まぁそりゃ、シロには黙ってたほうが良さそうだな」
襖を隔て、そんな声、小さなぼそりとした声が耳に届く。
この声はカンフィスだ。
シルビィはぱっと襖のほうに振り返る。
「僕に黙っておく……?」
シロ、というのはカンフィスがシルビィにつけた愛称だ。
名前を出され気がそちらに向いてしまうのだが、結構な小声で話しているのだろう、普通にしていては何を話しているかは分からない。
そっと、襖に触れる。
聞き耳を立てる。
「……で、その兄のほうの探検隊は?」
「そこはまだ行ってないからわからないが……狐笛はここのシルビィと仲が良いみたいだろ? だからもしかしたらと思って」
「へぇ……とりあえずシルビィならまだ帰ってきていないし、それに、ひろばの近くに行ったはずだからね。もしかしたら、そこにいたりするんじゃないの?」
「舞夢殿と……どなた様でしょう。狐笛殿とシルビィ殿の名がでましたね」
燕紅も同じように襖に耳を当て小さく尋ねる。
しかしシルビィはそれをシィ、と片手をかざすように立てて制止させる。
燕紅を少しの間黙らせたのち、ひっそりと口を開く。
「ちょっと待ってこの声……お客さんって琴君?」
「琴、殿?」
「あ、燕紅は知らないよね。……どうしたんだろ、狐笛ちゃんも来てるのかなぁ」
「しかし、先程の様子では狐笛殿は――」
「ん? なーにやってんだいアンタ達」
「!?」
話を盗み聞きするのによほど集中していたのだろう。
いきなり肩をたたかれ、声は出さずとも見てわかるほどにビクリと反応するふたり。
――怒られる……!
「す、すみませ――」
固まるシルビィに代わり、燕紅が真っ先に小声で謝ろうとし――
「だからさぁ、何やってんだいって訊いたんじゃないか」
「……え」
思わず声を合わせるふたり。
恐る恐る、振り返ってみた……そこには。
「てか、何でアンタ達そんなひそひそヒソヒソしてんだい?」
「あ、ファイ殿……?」
「な、ななんなのさファイ、脅かさないでよ……!」
「はぁ?」
シルビィと燕紅の視界に捉えられたのは、ケラリとした表情のフローゼル、ファイ。
囁き声で抗議するシルビィを軽く受け流すと彼女は再び――シルビィと燕紅に合わせて小声で尋ねてくる。
「何、何さ盗み聞きかい? んなことしなくたって堂々と部屋入りゃいいじゃねえか」
「何言ってるのさ、お客さんいるのにそんな失礼できないよ」
「お客? あー、琴のことか」
ファイが思い出したかのように呟く。
シルビィはそれを逃さない。
「ねぇ、ファイ何か知ってるの? というより何で琴君が鬼月陰に来ているのさ」
「ん~あれだろ、迷子探し」
「迷子?」
「どなたか、迷子になられているのですか?」
「ま、そーゆーこった」
どのような経緯で知ったかは不明だが、ファイは簡単にふたりがわざわざ盗み聞きしようとしていた内容を話してしまう。
が、燕紅は不思議そうに首をかしげる。
「しかし、何故ここに尋ねに来たのでありましょうか?」
「……ま、まさかだけど……だよファイ」
「……シルビィ殿?」
そこでふっと、シルビィの顔に焦りが浮かぶ。
気付いた燕紅は心配そうにそっと、その顔を覗き込むが。
少し震えたような声が落とされた。
「その迷子……って、狐笛ちゃん……?」
「ドタバタ騒がしいんだよてめーら……そこで何してんだ?」
カタリと襖が開いたと思うと、きつくカンフィスが訊く。
「カンフィス殿! そ、そのシルビィ殿が……」
「……わっりぃカン。アタシ余計なこと言っちまったかもしれねえ」
燕紅はカンフィスを見るなりわたわたとし、ファイは何かやらかしたように頭を押さえカンフィスと目を合わせんとし。
「んだよ? つーか、シロがいんのか。丁度あいつに話が――」
「迷子の事訊かれて言っちまったんだ! そしたらシルビィ飛び出してって!」
「――は?」
ファイが珍しく謝るのですかさずカンフィスも言葉を止める。
とりあえず分かったのはシルビィがいないということ。
衝動に駆られ、きっと例の狐笛を探しに行ったのだろう。
「燕紅」
少し開いた襖の奥から名を呼ばれ、燕紅がピクリと顔を上げた。
「追って。君なら追い付けるでしょ」
「あ……はい! かしこまりました!」
それだけの言葉を素早く理解するなり、燕紅はすぐさま駆ける。
恐らくまだシルビィが出ていって間もない、燕紅ならすぐ追い付ける。
「……で、シルビィのところにはいなかったワケだったけど」
ぽつりと呟くと、視線を目前の者に戻す。
舞夢は依然として座ったまま、客、こと琴に問い掛ける。
「あとはレネットに行ってみてから考える。それにもしかしたら夢羽さんがさきに見つけているかもしれない」
そう言い残し、琴は席を外そうと立ち上がる。
そうして早足に部屋を出て行き、
「……ファイ、カンフィス。森の外まで見送って。霧が深い」
「え? あ、ああ、わかった」
「……お前本当に何もしねぇのか?」
ファイが琴を追っていったあとに、不信にカンフィスが尋ねた。
変わらず立ち上がる気配のないまま、舞夢は呟く。
「僕は忙しいんだ。シルビィと燕紅で十分でしょ」
「あのなあお前、あいつらだけで」
「……ああ、そうだ」
またも話を聞かず何かを閃いたように切り出す舞夢に、頭を押さえてしまう。
こんなやつだとはわかってはいるはずなのだが……。
とりあえず見送りに遅れると察し、カンフィスはその場を後にするのだが。
「……面倒なことじゃないといいけどね」
ぽつり。
そう呟くと、舞夢も席を立った。
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