小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
「さて……随分と遅れてしまいましたね」
呟きは建物内の暗闇に溶ける。
基地の明かりを付けることもなく、そう、誰にも聞こえないくらいの独り言を漏らす。
そうして、また同じように誰にも聞こえないだろう忍ばせたような足取りで、自室――つまりは屋根裏まで慣れた歩調で進むネイティオ。
どの部屋も1つとして明かりはついていないし、また少しの物音もしない。
つまり、皆寝入っているのだろう。そこまで、今の時刻は遅い。
呟きは建物内の暗闇に溶ける。
基地の明かりを付けることもなく、そう、誰にも聞こえないくらいの独り言を漏らす。
そうして、また同じように誰にも聞こえないだろう忍ばせたような足取りで、自室――つまりは屋根裏まで慣れた歩調で進むネイティオ。
どの部屋も1つとして明かりはついていないし、また少しの物音もしない。
つまり、皆寝入っているのだろう。そこまで、今の時刻は遅い。
ここまで帰りが遅くなってしまった理由と言うのは無論、依頼のせいだ。
普段基地で留守に徹してくれている青年に、他のメンバーが依頼をやることを奨めたのが発端だ。
一応、メンバーの誰かに付き添ってもらえたのだが……届いた依頼の数多くを見るかぎり、分担した方がよい。と、彼は思ったわけで。
「……やっぱり誰かに手伝いを頼むべきでしたかね……」
付き添いも頼まずに珍しく外に出た彼は見事に依頼完了まで時間が掛かりすぎてしまった。
やはり踏み馴れないダンジョン内で無駄な時間を過ごしてしまったらしい。
それに、その後に少し町の辺りに出歩いたというのも原因だ。
「フゥ……とりあえず、皆さんの目を醒まさぬよう戻りましょうかね」
またぽつり。
こそり、ぼそりとしたトーンで誰に宛てたわけでもない言葉をこぼす。
と、それと時を重ねて、忍ばせた足とは違う、おぼつかない足が床を擦るのが聴こえる。
「――あれぇ、エルウィン?」
いかにも呑気そうな声。
確かに呼ばれた己の名に気付くと、彼は口を開く。
「おや、猫君。起こしてしまいましたか」
彼――エルウィンと呼ばれた彼は少し振り返る。
その視線の先の闇の中で、わずかに目を擦るような動作が見える。
仕草と姿はエネコロロだ。
部屋から出てきて眠気に負けそうでいるそれは間違いなく猫だった。
「遅かったなぁー……ホンマ俺らついてかんでよかったん?」
聴力が優れた彼は微々なエルウィンの呟きや足音が聞き取れてしまったんだろう。
きっとそれで眠りから醒めたんでしょうね、とエルウィンの頭で納得される。
「ええ、大丈夫でしたよ。確かに依頼など普段はやりませんから、少し大変でしたが。簡単なものですよ」
寝惚け眼をごしごし擦る彼を見、そう静かに返す。
率直な感想と、優しい微笑み。
どちらも、相手を安心させるためには手っ取り早い。
勿論、後者は暗闇で見えなかったも同然なのだが、前者は確実に猫の耳へと届いたはずだ。
「そお?」
「ええ。僕が今こうやって猫君と会話しているのが何よりの証拠です」
「ほんならええけどー……あ、そや!」
少しの間の後、いきなりぱちりと目を覚まし、突然声を張る猫。
さっきまでの呑気な感じはそれこそ変わらないが、確かに先程に比べて元気に見える。
何かありましたか?と、エルウィンが素直に訊く――より前、エルウィンよりも先に口を開いたのは猫だった。
「まだもらってへんやろ?」
「え?」
「ほらー! これこれぇ♪」
何を?と聞き返す前に猫のウキウキした陽気声が響く。
すると不意に目の前で何かが揺らめく。
ひらりと何かを翳されて、エルウィンは多少瞬くが。
「……これは」
「そやでえ、今日て七夕言うんやろ? エルウィンが帰ってくる前まで皆で書いてたんやで!」
闇に完全には飲み込まれない鮮やかな色彩の、猫が差し出したそれは、
「短冊、ですね?」
そう、それは紛れもない短冊だ。
きっちりと整えられたグリーンの長方形が暗がりにぼんやり浮かぶ。
丁寧に穴が開けられてまでいて、そこに緩く糸が結ばれている。
エルウィンが答え受け取ったのを聞き見ると、猫がパッと顔をほころばせ笑う。
「明日は皆で休み取って何かやろと思うんやけどな、エルウィン何かしたいんとかあらん?」
「僕ですか?」
「そやでえ♪ 皆の意見聞かなあかんやろ? エルウィンもアチーヴに変わりあらへんしな~」
最初の睡魔の欠片など感じさせないほど気分上々な猫。
彼が楽しそうに言うのを聞きながら、青年は黙として目を閉じる。
――僕がやりたい事……
「何でもええんやでなぁ? ちなみにラナちゃんは買い物行きたい言うてたし、咲羽君なんかは片っ端からお尋ね者退治とか~……エルウィン?」
話を聞いているのかどうなのか、エルウィンはまるで眠り入ったかのように静かに瞼を閉じていて。
エルウィン?と猫もまた呼ぶも、青年は瞑想に似たそれを崩さない。
少しの戸惑いを見せた猫、それに呼応するかのように、
「……そうですね。僕は皆さんのやりたい事がやりたいです」
目を閉じ、口を開き、そして目を開き。
うっすらとした笑みを、青年は浮かべて呟いた。
しかし、拍子抜けと言わんばかりの声も上がる。
「えぇ!? んなんでええん?」
「はい。皆さんがやりたい事は僕もやりたいですからね」
「ホンマ無茶言うて構わへんで? エルウィン実は控えてんねんやろ?」
「はは、何を言いますか?僕は極力嘘はつきません。……それとも、僕が嘘つきに見えたでしょうか?」
悪戯めかすようなくすり、とした笑いが谺する。
エルウィンにしては珍しい。
「うっ……そんなことはー……あらへんけど……」
そこで猫も困ったように笑う。
確かにエルウィンが嘘つきというのは大変言い難いということであって、まさか自分の言葉がそう解釈されるとは猫も想定外だったのだろう。
無論、猫が元々そのように思っていないことは、エルウィンにお見通しだ。
さて、少しの言い合いはすんなりと決着が着いたようで。
「なら決まりですよ。ね?」
「うーん……ほんなら、しゃあないかなー?」
思わず承諾の念を溢してしまう猫。
それだけで、エルウィンは十分だ。
さてと、と切り出しすとくるりと方向転換し、再び自室へ歩み出すエルウィン。
「さて、夜も遅いです。起こしてしまい申し訳ありませんでした」
「ん~ええってそんなん! 俺やて呼び止めてしもたさかい悪かったし」
最後にまた視線をやると、ニッと猫が笑って返事をくれる。
何故か、それを見るとどこか、心が楽になれたような気がする。そう思えて。
「短冊書いといてなぁー、また明日! おやすみぃー」
「……はい、おやすみなさい」
自然と、そう返せた。
思わず出した返事に猫はやはりにこりとしてくれていて。
彼の笑顔を最後まで見送ると、エルウィンも今度こそ戻りにかかる。
「…………」
――もう誰の夢も醒まさぬよう、心の内にだけ秘めようか。
そう決め、彼はちらと目線を落とす。
そこにはさっきの短冊。
――願いは、と、言われましてもね……。
少しばかりの追憶の果て、口元の薄笑いは誰にも見られずに闇へ隠れる。
今の状態が、今の生活が、とても大切になってしまった自分がいることに気づかされる。
その大切を失わなければいい、それ以上の我儘などは必要ない。
それは心の奥深くに誓っている。
そういえば、短冊とは何をするものだったのだろうか?
――願い事、でしたね……。
答えは言わずとも、決まりきっていると言うのに。
けれど問うておかないと、そうしないといけない気がしたから。
でも、その願い事は自分へのモノでなければならない決まりは無いはず。
……やはり、これでは僕の勝手な判断にすぎないけれど。
――……皆の笑いが永久であるように。
さあ、この短冊には何を記そうか?
幾千億の光年の果てに、その願いは叶うのか?
一年に一度きりの星の夜に、何を贈ればよいだろう。
――僕はあなた方の幸せを願おうではありませんか。
それが一番叶うだろうから、それが一番の願いだから。
さすれば、いずれ本当の願い事も叶うだろうから。
「『皆がずっと笑っていられますように』」
――どうか、彼等の行く先に幸多からんことを。
――どうか、再び巡り遇えることを……。
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