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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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大切なひとに、贈り物を。


*




ふと、目に留まるものがあった。



ひんやりした潮風がさぁと吹き抜け、淡い緑の髪がなびく。
静かなその場に小波は鮮明に、優しく音を奏で、海のどこかかの贈り物を置いて行く。


「それ」もきっとそのひとつ。


過ぎてきた道を振り返る、と、見えるのは砂浜に点々と残された己の足跡だけ。
それは少しばかり向こうに見える洞窟の暗がりから続いていることが見てわかるもの。

連れ人はそこからまだ出て来ていない……そのことだけ確認して、また視線をそれの方に移す。
少し前まで潮に浸かっていたのだろう、そう考えながらしばらくの間、濡れたその贈り物を見つめて。


と、ふっと脳裏を、とても大切な人のあの顔が掠めた。
どうしてか、現実の目前に落とされたそれと、あの人が重ねて見えてしまい。

少女はそっとしゃがみこんで、波打ち際のそれに手を、優しくその手を触れた。




*





「ゴメンっ! 結構待たせちゃった?」



数刻の時は過ぎて、先程の場所――少女が待っていた所――である海岸に、少年は元気よく、しかししっかりと謝罪の念を込めたそんな言葉を発する。
すぐそばにあるダンジョン、海岸の洞窟から続く足跡が、今は二種類確かめられる。
少女と少年の二人はそこに、依頼の仕事で訪れていたのだが。


「……ううん、そんなに経っていないよ。探し物、見つかった?」
何かを大事そうに両手で包んで持ち、ばっと頭を下げている少年。
しかし彼を叱ることなどする筈もなく、少女は優しく微笑み返す。
そうした次は、共に投げ掛けられた質問に答えるかのように、少年のほうがぱっと顔――ニコニコと、明るい笑みを浮かべたものだ――を上げて、

「うん!ほらっ――」

同時にスッと前に差し出す両手――それはやはりまるで何かを保護するかのように右と左でしっかりと閉じられているのだが、ここで少年はその手をそうっと開いて見せた。
完全に開ききったところで少女がそれに視線を落とす。

「依頼の途中でなんだけど、これを見かけたんだ♪ 綺麗でしょ?」

嬉々とほころんだ表情を見せながらそう話す少年。

その手の内の「それ」は、沖の果てに沈もうとしている夕日に照らされて、少しばかりオレンジに、しかししっかりと鮮やかにその本来の青色を保って主張している。

「本当。こんなに綺麗な貝殻、あの洞窟にあったんだね」

少女はしばらく少年のそれ――青い二枚貝の片割れを見、素直にそう呟く。

依頼で訪れるダンジョンはどこも少なからずは危険なのだから、まさかそんな場所にこんな物が落とされているだなんてあまり考えないだろう。
少年は今なお喜びの感情を放ちながら再び貝殻を手の中にしまう。
視線はそのまま自分の手に留めると、彼はまた口を開く。

「これさ、サンリにプレゼントしたら喜んでくれるかなーって!」
「サンリに……?」
「見つけたときにふっとサンリのことが出てきたんだ!」

だからサンリに渡そうって思って、それで拾いに戻ったんだ!
楽しそうにその名を呟いて、少年はまた、先程までとは少しだけ違う笑顔を向ける。
見ていても幸せそうなその顔、少女はそれにくすりと微笑みを浮かべて。

「え? 何で笑ったの?」
しかしそれを逃さなかった少年がキョトンとした眼差しを向ける。
あ、ううん、何もないよ。少女はどこか面白そうにそう返したが、やはり少年はそれだけでは解決にならなかったのだろう。
一体何の事だろうかと推測しようとした時、とある事に気が付く。

「ね、それ何?」
「……ああ、これのこと?」
少年は少女が後ろにしている手元に何かが光るのを見つけた。
指を立てて指摘すると、隠すこともなく少女がそれを前に出す。
少年にちゃんと見えるように手に乗せてみせるそれは、棘のようなものを着けた緑の小さな巻き貝だった。
どうしたの、これ?と言おうとしていた少年の気を先読みして、少女は回想を述べる。

「待ってる間にここで見つけたんだよ。……考えてたことは君と同じ、かな……」
最後のほうは言おうか言うまいかして小さくなっていたが、微かな笑みの中には少年と似た感情が密かに秘められていた。
彼女と絆の深い少年はすぐにそれを察すると、ぱあっと明るい表情を作って言う。

「きっと雨葉喜んでくれるよ!」
「だと……いいけど……」
「ユエだって雨葉から何かもらったら嬉しいでしょ?」

そっと手元の貝殻に触れる苦笑の少女――ユエにそう励ましの言葉を向け、少年は「ね?」と後押しする。
彼女のほうは、愛しい人の名を出され一度言葉に困るようにしていたが、少しして、ゆっくりうなずいた。
ユエのそれを確認すると、その顔を更に明るく喜びを表す少年。

「じゃあきっと喜んでくれるよ!」
「……そうだね」

今度はしっかりと言葉に出すと、彼女は傷付けないようにそっと、大切な人に贈るそれをしまった。



そうしてから沖のほうに目をやれば、半ば水平線に沈んだ夕日が確かめられる。
あと幾刻かすれば日没だろう。
ユエの口が開く。

「そろそろ帰ろう、コリル。もうこんな時間だし、みんなに心配かけちゃうよ」

見れば、まるでユエを真似たように丁寧に恋人へのプレゼントをしまっている少年――コリルが映る。
しっかりとしまったことを再度確認してからユエを見上げて、コリルはにこりといつもの笑顔を向けた。

「そうだね! 帰ろう!」
威勢がよいその声が静かなその場所に一瞬だけこだました。





すぐに小波の音がその場を制して、夕暮れの浜辺はいつものような静けさを守り続ける。

二人は踵を返すと、数分の間に立ち去ってしまった。

そこに砂をへこませて残された、2つ並んだ足跡。



きっと明日を迎えた時には、それは跡形なく波に洗われてしまうけれど、また新たな「贈り物」を届けてくれるのだろう。
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