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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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どこまでも続く広い森。
しんとした森の中に、ぽきりと弱々しい枝の音が何度も響く。


「――あ。何か聞こえなかった?」

しばらくして、ライラが不意に尋ねる。

「何か?」

すかさず聞き返す、燕紅。

「うん。えーと……上から誰かが落ちてきたせいで倒れたような、音?」
「拙者は特に聞こえなかったですが……」

聞こえていたのかもしれないが、どうもこう、会話もないままでボーッとしていて、聞こえるものも聞き取れていないのだ。
思い当たる節も無いのか、燕紅がちらりと視線をシルビィに向けると、

「シルビィも。ライラちゃん、ひょっとしたら結構疲れてるんじゃないかな?」
「そ、そんなことはないけど……」

燕紅と同意したシルビィが苦笑して見上げるのを、ライラは戸惑いがちに否定する。
しかしシルビィはライラのそれを見ず、そのまま燕紅に向き直ると、

「とりあえずもう少し歩いてみようよ。そのうち森もおわるかもしれないし」

そう言って燕紅を引き連れると、また今まで通りに歩き始める。



「……んー」

ただライラだけが立ち止まり、心残りがあるように向こう――西のほうを見つめる。

見えるのは木……ばかり、なのだが。


「――あっちから聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったのかな?」



「ライラちゃーん!」


そんなライラの呟きを掻き消すように響くシルビィの声。
振り向けばライラと彼らとの距離は十数メートルくらい開けていて、そのシルビィはというと森の向こうの方を示す。

「ほらあれ、森の出口じゃないかな?」

そう言い、遠くへ顔を向けるシルビィ。
ライラの視線もその先を辿る。
すると、

「あ……本当」

まだまだ距離があるが、確かに他より光が差し込んだようなところが見える。
光が差し込むということは木が少なくなっているということでもあり、森の終わりかもしれない。

ライラがそれらを認識した時にはもう、シルビィが駆け足に進み出す。

「でしょ?早くいくよライラちゃん!」
「あ、お、お待ちくださいシルビィ殿!」

燕紅が慌てて呼び止めるが聞いたものじゃない様子でどんどん離れて行く。

「よっぽど心配なんだね、シィ君」

追い付いたライラが燕紅のすぐ横で笑う。
少女は先を急ぐシルビィをちらと見て、また呟く。

「早く追い付かないとはぐれちゃうね。行こっか」



*



「ふう……やっと出れた」


森から出れたちょっとばかりの感動に空を見上げる。
高くでこちらを見下ろしている太陽が眩しい。
日が暮れるまでかなりの時間はあるだろう。


さて。と、首を戻したそこに、

「森の向こう側にこんな場所があるなんて、思ってもなかったけど――」



凄く、綺麗。
広がっている風景に恍惚とした偽りないそれが漏れる。


「わあ、綺麗な花畑!」

うっとりと見とれていると背後からのそんな声。
ふっと現実に引き戻される感覚に振り向く。

「本当ですね、森を抜けるとこんな所がひらけていたなどとは思いもしませんでした……!」

後ろでそんな――シルビィの感じたことと同じことを話していたのは追い付いてきた燕紅とライラ。
それを聞き、シルビィが誇らしげに微笑む。

「だよね!こんな大きな花畑」


そう、皆が揃って評価する風景というそれは、花畑。

森から出たすぐの場所から背丈の低く揃った若草の草原が続き、その向こう――少しばかり遠くのほうで桃、橙、黄、青……幾つもの色彩豊かな花が集まり始めていて、綺麗な花畑を作り上げている。

そして花畑の手前には、まるで森と花畑をぴしゃりと断つかのように流れる大きな川が道を延ばしている。


「ね、あの花畑に行ってみようよ!」
「え?今は狐笛殿を・・・」
「だからだって!狐笛ちゃん花とか好きだったと思うんだ」

言い終わるよりも先に足は動く。
思っているよりシルビィの足は速い。
あの小柄な容姿からは想像しにくいが、現にさっきだって素早い燕紅よりも早くに出口にたどり着いたくらいだ。

慌てて燕紅とライラも追いかけようとする。



――したのだが。



「わわっ!?」

少しして声と同じくに、今まで速く動かしていたシルビィの足が急に止まるのが見える。
少年は例の川の前で踏み止まる。

「え、ええぇ、ちょっとこれって……」
「シルビィ殿?」

何か怯えたように立ちすくしている様子で、燕紅が言葉を投げ掛ける。

「シィ君、どうかしたのかな?」

返事が来そうな様子ではない。
仕方なく小走りに駆け寄っていくと、

「わ……凄い流れ」

そんな少女の言葉が漏れた。

「流れ?」
「うん。ほら」

燕紅はライラの示すほう――シルビィの目線の先に視線を移す。と、

「……た、確かにこれは……」


やはり、と言うべきなのだが、目前にはあの風景にもあった大きな川。
なのだが、水は濁った土砂色のそれである。
そして何より、その流れの勢いというのが……

「いくら、なんでも……これは……」
「荒れすぎって言うかさぁ……」

とても、とても激しい。

と、ざあっと強い風が吹き抜け、近くに落ちている木の葉がいくつか、ひらりと拐われる。
そのままひらひらと風のままに宙を舞うが、風が弱まったかと思うと、何事もなかったかのように再びただの落ち葉にもどる。
その時に、落ち行く場所がその流れの上であったものも少なからずあるわけで。

濁流に触れたかと思えば、一瞬のうちに呑まれて消える。見えなくなる。



「……落ちたら、あっという間に流されるね……」
「そう、ですね……」
「だね……」



「…………」



いたって自然な光景なのだが、一行は発する言葉を無くしてしまう。
見渡した限りでは近くに橋など、向こう側へと渡る手段は見当たらない。



しばらく続く沈黙に、激流の打つ音が際立って聞こえる。


「いっそ引き返す、っていうこともあるんだけど」

そんな中、ライラがぽつりと言う。
その一言にすかさずシルビィは振り向き、

「え、せっかくここまできたのに?」

あからさまにライラを否定するかのような目を向ける。
それに対し、言い出したライラも困り果てたように俯く。

「でも、これじゃあ先には進めそうにないし」

シルビィが急ぎたい気持ちは本当にわかっているのだから、そう提案したライラ自身もあまり実行したくはないのだ。
それでも、ライラの提案が一番良いかもしれないと言う心もどこかにあるような気も、シルビィにはする。
無理やり渡って落ちたりすれば、こちらまで迷子だ。

「も、もしかしたら向こうの方に橋などもかかっているかもしれません! とりあえず辺りを見回ってから考えてみませんか。ね?」

この何とも言い難い雰囲気を誤魔化すべく、恐る恐るとした燕紅の微笑。

そう言いつつも、ここから見える限り――結構遠くまで見渡せる――の内では橋と思われるそれなど一つも見えないのだ。
あったとしても、かなり遠くだという可能性だってゼロではない。

「そう、だね。とりあえず川沿いに進んで見ようよ」

それでいいよね?とライラが確認をとると、2人も一応頷く。
シルビィの言う通り、わざわざここまで来たと言うのに引き返すだなんてゴメンだ。

「それじゃあ、まずは川下のほうに行こうよ。川上よりもそっちのほうが流れは落ち着いてると思うし、橋もかかっていそうだし」

流れの方向へ向き直ると、そう呟く。

それに重ねて。



「――シルビィ君?」



そんな、小さな声。



「? 呼んだ?」

くるりと2人に向き直るが、見えたのは燕紅とライラのキョトンとしたその表情。
何の事?と言いたげなそれから、聞かずとも先程の声の主は2人ではないだろうと分かる。

それでも確かに自分の名前を呼ばれた気が――



「こっちこっち」



そんな思考を巡らせていると、再び声が聞こえる。
さっきと同じ小さな――ちょうどこの激流に掻き消されたような囁きのような大きさの。
微かに聞こえたそれをたよりに振り返る。と、



「あーほらやっぱそうや! 似とると思ったんさなあ」

川を隔て、一行の向かいの川辺で、大きな声――といっても、シルビィ達には囁きのようなあれにしか聞こえていないが――と共にこちらに向かい笑う、エネコロロ。
朗らかに笑うその首もとで、金色の鈴が光る。
揺れるたび音は奏でられているはずなのだが、やはり、シルビィ達に聞こえるわけがない。


「猫殿?」

燕紅が彼の名前を呟く。
エネコロロ、こと、猫は気付かれたことに満足そうに頷く。

「なんで猫君がこんなとこにいるのー?」

シルビィは口元に片手を当てて、強く張った声を猫に飛ばす。
それなりに大きく発したつもりだが、相手のほうは少々聞きづらそうに耳をたてている。
しかしさすがは聴力が優れていると言おうか、少し遅れて猫が同じように返す。

「ん~ちょっと咲羽君と探検しよかー言うてなー」

咲羽君はもうさっき帰ってしもたんやけどね。
と苦笑しつつ、ふっと一行に向かって指を立てる。

「そこの森探検してたんやけど、そしたらここに出てなぁ~」

……否、指を立てたのは彼らの背後に広がる森に対してのよう。

猫がそんなことを話したおかげで、ライラがそうだ、と、言った感じに両手をたたく。

「ね、猫さん」
「何ぃライラちゃん?」
「猫さんはどうやって、ここからそっちに渡ったの?」


そこではっとなるシルビィ、燕紅。


確かに。



猫がこの森から来たと言うのなら、向こう岸に渡る手段もあったはずだ。

空を渡れる咲羽が連れにいたと言うことから、もしかすると彼に運んでもらった、というパターンも有り得なくはないのだが……。
こちらの期待と心配など知るわけもないまま、猫はああ、と呟きをもらしたようにして。

「こっからずぅーっと川上ん方いくとな、つり橋があんのさ」

人差し指を森から川上へと変え、あっさりと言ってのける。


川上――つまりは最初に一行が予定していた方向とは逆。


猫に会わなければ、橋も見つからずに時間を喰うところだったかもしれない。

「とりあえず行ってみ。わかるはずやで!」
「川上ですね。ありがとうございます、猫殿!」
「これで早くに渡れるね」

一言代わりに頭を下げて、次こそはシルビィより先に歩み出す2人。
それを猫は笑って見送る。

そして、


「ええてそんなん~気ぃつけてぇなあ! ……にしても」

にこやかに送り出した。
のだが、彼は考える。

まるで何か引っかかるかのようにすっと先程の笑顔が消えつつあると、

「ちっちゃいロコンちゃんといいシルビィ君らといい――」

ざあっと、再び強い風は吹く。今度は花畑から森のほうへと。



「え?」



普通なら水の勢いで聞こえないも同然のそれが、まだその場に残っていたシルビィの耳に聞こえる。
それは風が運んだのだろうかどうなのか、正しくは分からないがとりあえず、はっきりと聞こえたのだ。

「猫君、さっきの……ロコンちゃんって?」

慌てて問いかけると、聞こえたことに驚いたように目を向けた後、ああとぼやく、猫。

「いや。シルビィ君らが来る前にな、花畑でロコンの女の子が――」
「聞こえないよ!」

軽く苛立った大声が猫の耳奥にキィンと響く。
聴力が優れている猫には余計耳が痛い。
よくもまぁ、そんな声が出るなら最初から出せばいいのになど思ったのち、やれやれと呆れて肩をすくめる。


「あーもう……しゃあないわー」


シルビィほど声を出せるわけでもないし、シルビィに聞こえにくければ今のように怒鳴られるし。
川に落ちない程度、ギリギリまで歩み寄って、


「やーかー――」


出来るだけ大きく、また聞き取りやすいようゆっくりと伝えようとして。


拍子に、一歩、また一歩と足はでてしまい。



――グシャア。



「――ら……って、ん?」


何か崩れるような音が聞こえた気がする。



「ビョ、猫君足元ッ!」



……嫌な予感……。



シルビィの青ざめた顔色に恐る恐る視線を下げる、と――







――足元が、消え、た?



「え? えっええええええぇぇぇぇーッ!?」


流れに侵食された部分はとても脆くて崩れやすく、まさに足元をすくわれた猫の行く先というのはそう……。



――バシャアアァンッ!



「あ……」



シルビィの口から間抜けな声が漏れる。
視界にいた筈のエネコロロの姿はなく、彼が立っていただろう地面は崩れ、土の表面を露にしている。



――落ちたら、あっという間に流されるよね。



シルビィの脳裏にライラのあの言葉が過る。
頭の中で重く響く。



「……つ、つり橋……探そうかな」

ごめんね猫君。

哀れみを含む視線を川下へ向け、シルビィは踵を返した。
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