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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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依頼の帰り道、なんとなく立ち寄った街はなぜかやけに賑わって見えた。
こんな寒い真夜中なのに、何かあったっけか。
赤い煉瓦の道の脇には光りで飾られた植え込みが並んでいる。
眩く瞬くそれを見て、ふと昔に見たバルビートとイルミーゼのイルミネーションを思い出す。
あれは湖での景色だったか。なんて懐かしく思うと同時に、また見に行きたいもんだなと考えた。

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「さぁてぇとぉ~。スバル嬢はぁ、どこだろぉねえ」

ムースはそう言って地に降り立つ。
まるで楽しんでいる化のような口ぶりで辺りを見渡す。

しかし、そう簡単に見つかるわけはない。
ましてや、スバルはフォニアにつれられて別の森に移動してしまったのだから、この森には絶対にいない。
しかし、そんなことムースが知る筈がなく……。


「……って言うかー、スバル嬢帰ってくるのぉ待ってた方がぁ、早いのにねぇ♪」

そう一人合点し、ここにはいないねぇ、と早々と屋敷に戻ろうか考えていた、その時。

「あら、あなたフォイリヒとよくいるマリルリじゃない」
「あー……。エトかぁ」

近くの木陰から現れたミカルゲに呟いて、クスクス笑う。
会話中に出てきたアブソルは居らず、エトヴァスひとりのようだった。

「ちょうどいいわ、フォイリヒが風邪でね。あなた強いようだけれど、フォイリヒに止められていて手が出せなくて」

彼女はそう怪しく微笑むと瞬時にシャドーボールを打つ。
もちろん、ムースがそれを避けるのは容易であり、かわして直後に笑ってみせる。

「アハハ♪ つまりぃ、ぼくに相手しろってぇこと?」
「そうなるわね。まあ、暇潰しになればいいけれど」

彼女も不適に微笑み挑発するようにぼやく。
ムースとしては、主探しよりもこちらのほうが面白そうだと感じたよう。

「ハハ、別にいいけどぉ? 雑魚の相手ぇくらい……なんともないしぃ?」

いかにも先程のエトヴァスの挑発を上回る発言を口にした。





シャドーボールが放たれて、野生の
ガーメイルが倒れる。
それをただ唖然と見ていたユリウスに、クサリがつい、と顎で指示する。

「これでいいだろう……行くぞ」

クサリが敵を払ってユリウスが後ろで控える。
さっきからこの調子で森を進んでいる。

「あ、うん……」

そんな状態なので、迷惑はかけてられないなと思い、すぐさま行動に移す。
クサリは常に自分のことを待っていてくれるのだから。

「す、すごいね……もう、何十も倒してる、よ」
「いや、私は別に大したことはしていないが……」

彼女の今までの動きに感心するも、彼女は不思議そうに首を傾げる。
その行動が逆にユリウスには不思議に思えてしまう。

「そ、そんなこと、ない……よ? 僕、には……無理だから」

恐る恐る、素直に自分の感想を口にした。
クサリはというと、やはり何かしっくりこないかのように顔をしかめている。
ユリウスはそれに何か悪いことを言ってしまったかと戸惑ってしまう。


……そんなわけで、沈黙というものはすぐにやってきてしまう。

さっきから何度かこの調子だったが、次々に現れる野生ポケモンにすぐ破られていた。
しかし今回はそう都合よく現れそうにない……別に野生ポケモンが出てきてほしいわけではないけれど。

(ど、どうしよう……話、思い付かないし……)

目的である咲羽の話でもしようかと思ったが、クサリと咲羽の接点もよくわからない。
前に何か言ってたかな、と考えながら足を進める。
屋敷中に鐘の音が鳴り響いて……――



「――それで、これはどういうことですの?」

リアゼムの苛立ちを隠せない発言が、容赦なくマリルリに襲い掛かる。
彼女は少々くちゃくちゃになった紙切れをぴんっ、と伸ばして少年の前につきだす。
そこにはスバルの筆圧で例の言葉が書かれている。

「何……ってぇ、おつかい、でしょお? やだな~リア様ぁ、そんなこともわかんないのぉ?」

しかし少年はこれといった反省の色も見せず……逆にクスクスわらいだす。

「貴方は……」

これはいつものことなのだが――さすがに今の状況でこうだったために、リアゼムの怒りに火が付く。
次には彼女の目付きが鋭く変わる。

「貴様……スバルに何の補助も付けずに出してその態度は何だ!?」

途端に、彼女の口調はそれまでのものと比べようのないきついものに豹変する。

(あ、そっか。リア様、怒ったら人格かわっちゃうんだっけ~……)

などと、怒られているにもかかわらず少年は思ってしまう。

「だってぇ、ぼく遊びたかったしぃ? スバル嬢、外に出たいって言ってたしぃ?」
「遊びたいだと!?」
「……あ~♪」

つい本当のことが口から滑って、しかもリアゼムはそれを逃さなかった。
その理不尽な言い訳は、もう彼女の怒りを高めるだけで。

「ムース! 貴様!」

怒りのあまり、彼女は能力を発動。
部屋中に突如無数の針が出現する。
そしてその全てが少年――ムースに向けられており。

「もーう、そんなに怒んなくたってえ、いいでしょお?」

その一言はリアゼムの何か――多分怒りを悪化させるもの――をすっぱり切ってしまう。
それに瞬時に感付き、ムースは部屋から逃れようと――

「逃げるなムース!!」

しかしやはりリアゼムがやすやす見過ごすわけがない。
それどころか人格の豹変した彼女は能力の針でムースの背を狙う始末。
怒った時の彼女の恐ろしさは、スバル以外に誰にも止められない。

ドスッ!!

それは確かに刺が 刺さった時の音に違いはなかった。
しかしそれは、生き物に触れたものではないと直感する。

「……逃げたか」

針は全て、彼がさっきまでいた場所の床に突き刺さっていた。
彼の姿は何一つとなかった。
どこにもいないけれど、どこからか声――音量的にはさっきムースがいた場所と変わらない――がする。

『だぁーからあ、ぼくが探せばぁいいんでしょ~? 分かってるよおv』

彼は姿がないながらも語りかける。
おそらくこれはムースの能力だろう。
寸瞬の間に水蒸気の中に姿をくらましたのだ。
……と、怒りに染まりながらも冷静にリアゼムは思考する。
こんなことで冷静さまで失っては、彼女もスバルの直属護衛などやっていられない。

『バイチャオ~リア様ぁ♪ ぼくがすぐに見つけてきてやるよぉ』

姿がないにしてもクスクスした笑いはしっかり聞こえており、彼女は溜め息をもらす。
スバルが消えた原因はこいつだというのに……呆れてものもの言えない。
しかしすぐに嘲笑いは消えて、部屋には再びしんとした時間が流れる。
きっともう出ていったのであろう。
そう思い、彼女はひとまず部屋を後にした。




「でー……スバル嬢はきっとまだ森かなぁ」

例のムースはというと、屋敷から少し離れた場所で姿を現し、ふよふよと宙を漂っていた。
彼の真下に広がるのは森――野生のポケモンが多く危険な場所だ。
クルリと後ろを振り向いて見れば、100メートル先には崖の上に屋敷がある。

(この距離ならー……そう遠くにはいけないねぇ)

とりあえず、的をこの辺りに絞ってスバルを探すことにする。
深い新緑の森に、青色は溶け込むように降りていった。






「い、たた……吃驚したぁ……」

落下の衝撃に頭を押さえる。
別に頭を打ったわけではないが、自然とそうなってしまうものだ。
それはさておき、ユリウスはゆっくり視線を上に向ける。
少し上げただけでは、見えるのは土壁。
もう少し上げてみる、と――

「た、高いよ……これじゃ、出られない」

首が痛くなるくらいまで上げて、やっと穴を発見する。
ざっと見、身長の3か4は倍の深さだろう。
ぽっかり空いたその向こうで、木の葉が揺れているのが確認できる。

「……どうしよう」

呟いたところで、誰かが助けてくれるわけでも無し。
サイコキネシスで自分を持ち上げようかと考えたが、今は体力も消耗している。
地道に助けを待つしかない。


「……はあ……誰か、来ない、かな……」
「お前……ユリウス、だったか?」

しかしタイミングよく、確かに声が降ってきた。
どうも聞き覚えのあるそれに、恐れと期待を抱きながら見上げる――と。

「あ……クサリ、さん?」

その漆黒の姿には見覚えがある。
アチーヴにいたグラエナのリーダーに間違いなかった。

「そうだが、どうかしたか? そんな場所で」
「……えっと……」

どう答えるべきか戸惑っていると、先にクサリが問いかける。

「ところでお前、咲羽を見なかったか?」
「え、あ……舞羽の弟の、咲ちゃん?」
「仕事で一緒だったんだがどこかに行ってしまったようで……見かけなかったか?」
「え、う、ううん……見てない、よ……」

見上げながら首を揺する。
それを確認して、クサリは呆れたように一息吐く。

「で、なぜお前はそこにいる?」
「……あの……」



とりあえず手短に説明すると、彼女は呆れつつも脱出を手伝ってくれた。
まわりに付いた土を払って、ユリウスはペコリと頭を下げる。

「あ、ありがとう……ゴメンね」
「いや、気にすることでもないだろう。お前も大変だな……迷った挙げ句、落とし穴なんて……」
「あぅ……だ、だって、その」

全て話してしまったためにクサリに悉く呆れられてしまったよう。
しかし、言い訳など思い付きそうにない。

「え、えっと……」
「……まあ、いい。それより、変わりといってはなんだが、咲羽を探すのを手伝ってくれないか?」
「え?」

まるで思い付きのように言われたので、理解処理が遅かった。
それに気付いて、クサリは気遣うように再び呟く。

「咲羽はもともとリリーフのメンバーだろう? なら、お前もよく知っている……」
「う、うん」
「なら、問題ないと思うが……それにお前、ひとりだとまた迷うだろう?」
「……えっと……」

確かに。
出来れば早く帰りたいが、ひとりだとクサリのいうとおりになるだろう。
それに、またドジでも起こしてしまった時にどうすればいいかわからない。
そういう面から考えて、クサリと行動することに何の欠点もない。

「それじゃあ、一緒に行っていいかな?」

誘ってきたのはクサリだが、それでも尋ねてしまう。
怪訝そうに首を傾げているユリウスを見て、彼女は一度目を伏せ、

「そっちの方が私も助かる。……行くぞ」
「あ、う、うん……!」

確認するなりクサリは早足に進み出す。
彼女も早く帰りたいのは山々なのだ。
そんな彼女をパタパタと追いかけて隣につくと、二人は森を進み始めた。


多くの出来事が交わろうとしているよう……――。
それからだいぶ走った頃……ようやくミミロップが止まってくれて、スバルは辺りを見回した。

「はぁ、はぁ……ここは……?」

息が切れながらも、目の前の少女に尋ねる。
しかし彼女は静かに! と言いたげにスバルの前で手を制止させる。

ここはさっきまでいた森とは違う感じがする。
直感的に、だけれど。
スバルが見たところ、ここは洞窟のようだった。
上下左右に見える茶色い岩肌。
洞窟の入り口付近には多くの木が蜘蛛の巣のように葉を広げている。
きっとここならカクレオンににも見つからないだろう。

(けど……いいのかな?)

スバルはカゴの中をごそごそと探る。
そして、手に触れたまるっこいひんやりしたものを取り出した。

それはさっきのめざめ石。
絶対落とさないように、スバルはカゴの中にしまっていたのだった。
これはミミロップのもの。
しかし、同時にお金を払っていない、いわば万引き商品でもあった。

「うん……オッケー! ここまで走ったら大丈夫よ」

さっきまで遠くをうかがっていたミミロップがクルリと振り返る。
それにスバルは、反射的にめざめ石を再びカゴに隠してしまう。

「あ、そーいえば今さらだけど、アタシはフォニア♪ プロのドロボーだから!」

フォニアというミミロップはいたずらっぽく微笑む。
スバルの不審な行動には気づかなかったようだ。
全力で走ったためにめざめ石のことは忘れているような感じだ。

「しっかし、アンタもあんな森で何してたの? あんなところを通るポケモンもそんなにいないと思うんだけど」
「えっ?」

しかし、代わりに出てきた言葉に一瞬スバルはどきりとする。
そういえばあの森の近くには自分の屋敷以外には何もなかったような……。
それに屋敷に近付くなんて、普通のポケモンにはいけないことだ。
このままでは、正体がばれてしまう……!

「で、アンタの名前は? アタシが教えたんだからアンタも言っていいんじゃない?」

そしてこの発言は、更にスバルの頭をパニックにさせる。
スバルという名のブースター……それだけで、自分の正体は簡単に見破られてしまう。
しかし何も言わないとかえって怪しく見えるし……。
どうしよう。ここでどう言えばいいかアドバイスしてくれる護衛たちは今いないのだ。
私が考えるしか……!

「わ、私は、その……うっ、ケホッ、ゴホゴホッ!」
「え、え? え!? ちょっと、どうかした!?」

しかし、このタイミングで名前の代わりに出てきた咳。
とは言っても、それは風邪を引いたときに出るあれとは違う、もっと酷いようなもの。
突然のそれにスバルは小さくしゃがみこみ、それをフォニアが慌てて覗き込む。
きっとさっき走ったのが原因だろう。
スバルの体はわけあって弱いのだ。

「ごめんなさい。さっき走った、から……」

少しおさまった隙をついて、申し訳なさそうに顔をあげる。
しかしおかげで名乗ることを中断できたようだ。

「そ、そう? ……って、それアタシのせい!?」
「い、いえ違うんです! フォニアさんは悪く……」
「やばい……!! アタシドロボーで悪いことやっちゃったよ!?」

あまりのことにフォニアは戸惑い、スバルはそれを宥めようとするも彼女の耳には何一つ届かない。
というかドロボーだってちゃんとした悪いことですよフォニアさん。
スバルはそれにまたもひとりで思考を巡らす。

(こんなときどうすれば……えーと、ええと、えっと……あ!)

迷いの末、スバルはひとつの結論に行きつく。

「それじゃあフォニアさん! ひとつお願いしてもよろしいですか?」
「へ? あ、お、お願い?」

はいそうです! と咳が完全に収まったので立ち上がる。
元気を取り戻した声で、スバルはフォニアの目を見て一言。

「私の買い物に付き添ってくれませんか?」

その案は、今護衛を引き連れていない彼女にとっては悪いともいえないものだった。
フォニアはどこか、ポカンとした表情を浮かべている。

「ア、アタシが? 何でまたそんな?」
「えっと……私、街がどこかわからなくて……それであの森で迷ってたんです!」

咄嗟に思い付いた言い訳をはっきり言うことで、さもそれらしく見せる。
それにフォニアは少し考えていたが、

「ま、別に良いわよ? アタシがここまで連れてきちゃったんだしね!」

さすがに彼女も少しは申し訳ないと感じたのだろう。
まるで退屈しのぎ、というように了承する。

「わあ、ありがとうございます♪ 私、ひとりじゃ心細くって……」

スバルはそれを確認すると、目を輝かせ花の咲いたような笑顔で感謝する。
スバルお得意のフレンドリーさあってのものであるが……。

(あれ? なーんか、誰かに似てる気がするような……)

フォニアの中にはなにかが浮かぶ。
どうも知っている誰かにその顔が似て見えたが……気にしないことにする。


とりあえずスバルは買い物に行きたい、そして走れない、また自分たちはカクレオンに追われている……。

「じゃ、さっそく行くわよ。早くしなきゃカクレオンに見つかるしね」

これにより、しばらくふたりの少女は行動を共にすることとなる。





「あぅ……どうしよう。迷った、のかな?」

そしてまた、これはふたりと同時刻。
場所はそう遠くもない。

そこも同じく森で、スバルとフォニアがいるところとはまた別の、はりつめたような空気が漂う。
緊迫感、とでもいおうか。
ここは野生のポケモンが多いと言われている。


そして、そんな森で迷っているのはエーフィ――ユリウスなのであるが。


「うう……やっぱりひとりで依頼なんて……無理、だよ」

普段ブライと一緒に依頼をこなしているユリウスにとっては、ひとりで帰ることすら容易でない。
現にそのせいで、この複雑な森で迷ってしまったのだから。

しかし不幸はそれだけでなく――

「どっちに行ったら、いい――」

しかし言葉はそこで詰まる。
何故かここからの出来事がスローモーションで行われた気がしてしまう。

一歩踏み出した地面がぐしゃりと沈み、その突然にあっけなく体勢が崩れる。
沈んだ地面はというと、つま先のほうからバラバラと崩れて、何故か下の方へと落ちていく。
そして、崩れて出てきたふかーい穴――世間一般では落とし穴と呼んでいるもので。
その深さに一瞬体を縮めるが、バランスの取れないからだは何をどうすることもできず……。

「ひゃああぁぁぁぁ!?」

地中に空いた穴に、その体は簡単に落ちていく。
ドン! と底に着いた音がして、直後。


ゴォーーーン……。


それはスバルの屋敷――ここから屋敷まで遠くはなかった――の鐘の音で、一回だけ鳴り響いたそれは昼の一時を示していた。

そのドジは、ユリウスを深く下へと消してしまった。
これは、あるひだまりの日のこと――。



普段通りなら、あの部屋に彼女はいる。
ちょうど、部屋の真ん中に構えたソファの上で何かしら読んでいるはず。
扉を叩き、わたくしが部屋に入ると、こちらに気付くなりその顔に花の咲くような笑みを浮かべてみせる彼女がいるのだ。
もう彼女の側にいて何年か経つので、行動パターンは読めてくる。

そんなことを考えながら、とても淡い紫に似た花弁を揺らせたロズレイドは廊下を進む。
そして目的の部屋が見えて……そこに足を踏み入れて見えたのはやはり――


……あら?


予想と大きく違う光景に彼女は目を見開く。
そこに目的の相手は居らず、ただ白いソファーの上に何冊かの本が置かれているだけだった。
そして部屋の隅にある小さな机に、破り千切られた紙の破片がひとつ。

その白い切れ端にはしっかりと、


『おつかい頼まれたので行ってきますね♪ ちゃんと夕方には帰ってくるから! スバル』


それを理解したのとほぼ同時に、正午を示す鐘が屋敷中に響き渡った。





▼ある日だまりの日に ~お嬢様のおつかい~





「さてと、市場のある街はあっちなんですかねー?」

きっちりと整えられた身嗜みと、凛とした佇まいからは拍子抜けしそうな幼い声。
ブースター――スバルは木漏れ日溢れる暖かな森を進んでいた。
口に小さな買い物カゴのようなもの――買い出し係のフェデラルが普段乱暴に扱っているので少々薄汚れ、彼女には不釣り合いだ――をくわえて。
その姿からは、たいていは「お買い物」を想像できるだろう。

「ちゃんと置き手紙は残してきたし……大丈夫ですよね!」

持ち前のポジティブシンキングで事をいいように運ぶ運ぶ……まさか今現在、屋敷でリアゼムは自分が突如消えたことに慌てふためいているとも思わずに。


事の始め、もとはといえば、あの部屋で読者を楽しんでいた頃の話なのだが。

「スバル嬢ぉ、おつかい行かない~?」

と、いかにもふざけた態度の霧兎守が呟いたのがきっかけだった。
話によれば、今日はフェデラルの仕事が休みで買い出しがないらしい。
なのだが、凛鈴が夕飯の材料が足りないとか、どうとかで騒いでいたそうな。
しかし既にフェデラルはどこかへ行った後。
そこで急遽、霧兎守がおつかいを頼まれたのだが、生憎彼も急用が入ったとかどうとか……それが事実かは定かでないが、当のお嬢様はそこまで疑うはずもなく。

そんなこんなで適当にいらない紙を破いて、それにはっきりと「おつかいに行ってくる」と書き残してきたわけなのだ。
もし無言で出ていけば、誰かが自分を誘拐したとでも思われかねない。
これでもスバルは上流層の、華族家の令嬢なのだ。
仮にそんなことがあれば、屋敷だけでなく街中大騒ぎとなって易々と帰ることもできない。
まあ、今回は霧兎守がことのあらましをちゃんと知っているので大変な事態になることもなかろう。
そんな心配も明るく変えてしまうと、少女は元気よく森の中を進む進む。


――と。

「ひゃあっ!?」

どがんっ。
背後からのいきなりの衝撃に、無論スバルは踏ん張ることができなかった。
足が絡まり前方に大きく傾くとそのまま派手にすっ転ぶ。
幸い、持ち物は何一つカゴから飛び出さなかった。
なのに明らかにたくさんの何かがバラバラと辺り一面にぶちまけられた。
そのうちの少しがスバルの目鼻の先にまで転がってきた。

リンゴ、モモンの実、スペシャルリボン……色とりどりのグミや、ワザマシンからタウリンなんて高価なものまで。

「いたた……な、なんですかぁ」

きっとレブルの誰かが一緒なら、ぶつかってきた相手はただでは済まなかっただろう。
よいしょっと体を起こすと、後ろから早口で言葉が飛んできた。

「あっちゃーッ!? ゴメンゴメン! アタシ急いでてさあ、怪我ないよね!? 」

振り向くと、そこには散らかった道具を素早く回収するミミロップの姿。
ほとんど自分と歳も変わらないくらいの、澄まし顔の可愛らしい女の子だった。

「あ、はい。大丈夫ですけれど……」

何をそんなに急いでいるのか不思議だったが、とりあえず大丈夫だと返事はしておく。

「ああ、そう! ならよかった! うん!」

スバルが立ち上がって土を叩き落としている最中にも、回収の手を止めることはない。
言葉を発するだけで、視線は全て下に向かっていた。
スバルの心配よりも所持品を集めることの方が優先されているようだった。

「あーもう! 無い、無い無い無いーッ!? めざめ石が無いじゃない……!」

そして何かが足りないのか、頭を抱えてなぜか聞こえづらいボソボソした声で話す。

(ものすごい急用なのですね……私もお手伝いしたほうがいいかしら?)

ちょうどその時、スバルの視界に何かが煌めく。
スバルのすぐ足元だった。
それは木漏れ日を跳ね返していて、まさにミミロップが探している「めざめ石」そのものだったのだ。
それをひょいと拾い上げて、まだ気付いてないのだろう、こちらに背を向け地面にしがみつくミミロップに言葉をかけることにした。

「あの! これのことですか?」
「へ? 何?」

呼び掛けに不満そうな声を漏らしたが、振り向くなりミミロップは目を輝かせる。
まさしくそれはお目当ての「めざめ石」に違いなかった。
ミミロップはこちらに駆け寄る。
その途中で色々と上機嫌に呟いた。

「いやー、もう焦ったわよ。見つかったらタダじゃすまないしね」
「どういう意味ですか?」

そんな呟きが聞こえて、尋ねた。
しかしミミロップはそれに一度、びくりと明らかな動揺のしぐさを見せる。

「え? あ、ああ! いいのいいの、気にすることじゃないし! わかったわね?」
「はあ……」

少し引っ掛かるが、彼女の事情があるのだろう。
そう思うことにした。
その間にもミミロップは近付いてきていて、ゆっくりとスバルの持つ物に手を伸ばし――

「さーてと♪ んじゃあ、ありが――」


「まてぇーー! ドロボーーーッ!!」

突如空を切る叫びに、スバルは肩を跳ね上がらせる。
ミミロップの手がめざめ石に届く寸前で静止し、代わりに何かやらかした素振りのように口の前へ運ばれた。

「やっばぁ……」

ボソッと一言零れたのとガサリと草むらが揺れたのは同時だった。
ミミロップの一言が合図だったかのように、彼女の目線の先にある茂みから何かが飛び出して身軽に着地した。
それも、一つでなく数十。
そしてその全てが、その黒い目を鋭く吊り上げこちらにガンを飛ばしていた。

「またお前かドロボーウサギめ! 今日こそは覚悟しろ!」

そのうちの先頭に立つひとりがこちらに指をたてた。
おそらくリーダー――いや、店長だろう。
それはダンジョンや街でも見かけるカクレオンの店員だった。
スバルも護衛をつけて街に出向いたときに見たことがある。
あの気前のよいポケモンたちではないか。
それがなぜ、こうも恐ろしい形相で怒っているのだろうか。

(どろぼー……一体誰が?)

そんな間にも、彼らの目はスバルの持つ「めざめ石」を捉えたようで――先頭のカクレオンが声を張り上げた。

「ドロボーウサギめ、仲間を増やしたって逃がさないぞ! おいブースター! お前もドロボーは許さないからな!」
「ど、どろぼう!?」

その言葉を急速に理解する。
やっと状況が掴めた。

カクレオンたちが怒り狂っているのは誰かに商品を盗まれたから。
そして自分の持つ「めざめ石」がそのうちの一つであること。
つまり、スバルも犯人だと間違われているのだ。

「あーもう、しょうがないわね! ちょっとアンタ! 捕まりたくないならしっかりついてきてよね?」
「えっ? え、ええ?」

ガシッといきなりミミロップに手を握られ、スバルは動揺する。
いきなりだったからというのもそうだが、本当の理由は違う。
本当の理由は、そう――

「『こうそくいどう』♪ さ、走って!」
「は、はい……!?」

素早さを最大にまで引き上げたミミロップに抱えられ、意図せずとも彼女についていってしまう。
買い物カゴとめざめ石も一緒にだ。
そのあまりのはやさで一気にカクレオンたちのもとから遠ざかるのを、スバルの瞳ははっきり見ていた。
カクレオンがかんかんに怒っている様子も目に焼き付いていた。


――思わず動揺した本当の理由は、そう……。


「アハハ♪ せっいこー成功! 今日の収穫もいい感じね!」


――彼女がドロボー、つまり犯人だということだ。


抱えられていたためちゃんと表情は確認できなかったが、声からしてきっと笑っている。
甲高いいたずらっぽい笑いが鼓膜に届いていた。

この時点で、スバルのおつかいは狂い始めている。
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