忍者ブログ
小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

これは、あるひだまりの日のこと――。



普段通りなら、あの部屋に彼女はいる。
ちょうど、部屋の真ん中に構えたソファの上で何かしら読んでいるはず。
扉を叩き、わたくしが部屋に入ると、こちらに気付くなりその顔に花の咲くような笑みを浮かべてみせる彼女がいるのだ。
もう彼女の側にいて何年か経つので、行動パターンは読めてくる。

そんなことを考えながら、とても淡い紫に似た花弁を揺らせたロズレイドは廊下を進む。
そして目的の部屋が見えて……そこに足を踏み入れて見えたのはやはり――


……あら?


予想と大きく違う光景に彼女は目を見開く。
そこに目的の相手は居らず、ただ白いソファーの上に何冊かの本が置かれているだけだった。
そして部屋の隅にある小さな机に、破り千切られた紙の破片がひとつ。

その白い切れ端にはしっかりと、


『おつかい頼まれたので行ってきますね♪ ちゃんと夕方には帰ってくるから! スバル』


それを理解したのとほぼ同時に、正午を示す鐘が屋敷中に響き渡った。





▼ある日だまりの日に ~お嬢様のおつかい~





「さてと、市場のある街はあっちなんですかねー?」

きっちりと整えられた身嗜みと、凛とした佇まいからは拍子抜けしそうな幼い声。
ブースター――スバルは木漏れ日溢れる暖かな森を進んでいた。
口に小さな買い物カゴのようなもの――買い出し係のフェデラルが普段乱暴に扱っているので少々薄汚れ、彼女には不釣り合いだ――をくわえて。
その姿からは、たいていは「お買い物」を想像できるだろう。

「ちゃんと置き手紙は残してきたし……大丈夫ですよね!」

持ち前のポジティブシンキングで事をいいように運ぶ運ぶ……まさか今現在、屋敷でリアゼムは自分が突如消えたことに慌てふためいているとも思わずに。


事の始め、もとはといえば、あの部屋で読者を楽しんでいた頃の話なのだが。

「スバル嬢ぉ、おつかい行かない~?」

と、いかにもふざけた態度の霧兎守が呟いたのがきっかけだった。
話によれば、今日はフェデラルの仕事が休みで買い出しがないらしい。
なのだが、凛鈴が夕飯の材料が足りないとか、どうとかで騒いでいたそうな。
しかし既にフェデラルはどこかへ行った後。
そこで急遽、霧兎守がおつかいを頼まれたのだが、生憎彼も急用が入ったとかどうとか……それが事実かは定かでないが、当のお嬢様はそこまで疑うはずもなく。

そんなこんなで適当にいらない紙を破いて、それにはっきりと「おつかいに行ってくる」と書き残してきたわけなのだ。
もし無言で出ていけば、誰かが自分を誘拐したとでも思われかねない。
これでもスバルは上流層の、華族家の令嬢なのだ。
仮にそんなことがあれば、屋敷だけでなく街中大騒ぎとなって易々と帰ることもできない。
まあ、今回は霧兎守がことのあらましをちゃんと知っているので大変な事態になることもなかろう。
そんな心配も明るく変えてしまうと、少女は元気よく森の中を進む進む。


――と。

「ひゃあっ!?」

どがんっ。
背後からのいきなりの衝撃に、無論スバルは踏ん張ることができなかった。
足が絡まり前方に大きく傾くとそのまま派手にすっ転ぶ。
幸い、持ち物は何一つカゴから飛び出さなかった。
なのに明らかにたくさんの何かがバラバラと辺り一面にぶちまけられた。
そのうちの少しがスバルの目鼻の先にまで転がってきた。

リンゴ、モモンの実、スペシャルリボン……色とりどりのグミや、ワザマシンからタウリンなんて高価なものまで。

「いたた……な、なんですかぁ」

きっとレブルの誰かが一緒なら、ぶつかってきた相手はただでは済まなかっただろう。
よいしょっと体を起こすと、後ろから早口で言葉が飛んできた。

「あっちゃーッ!? ゴメンゴメン! アタシ急いでてさあ、怪我ないよね!? 」

振り向くと、そこには散らかった道具を素早く回収するミミロップの姿。
ほとんど自分と歳も変わらないくらいの、澄まし顔の可愛らしい女の子だった。

「あ、はい。大丈夫ですけれど……」

何をそんなに急いでいるのか不思議だったが、とりあえず大丈夫だと返事はしておく。

「ああ、そう! ならよかった! うん!」

スバルが立ち上がって土を叩き落としている最中にも、回収の手を止めることはない。
言葉を発するだけで、視線は全て下に向かっていた。
スバルの心配よりも所持品を集めることの方が優先されているようだった。

「あーもう! 無い、無い無い無いーッ!? めざめ石が無いじゃない……!」

そして何かが足りないのか、頭を抱えてなぜか聞こえづらいボソボソした声で話す。

(ものすごい急用なのですね……私もお手伝いしたほうがいいかしら?)

ちょうどその時、スバルの視界に何かが煌めく。
スバルのすぐ足元だった。
それは木漏れ日を跳ね返していて、まさにミミロップが探している「めざめ石」そのものだったのだ。
それをひょいと拾い上げて、まだ気付いてないのだろう、こちらに背を向け地面にしがみつくミミロップに言葉をかけることにした。

「あの! これのことですか?」
「へ? 何?」

呼び掛けに不満そうな声を漏らしたが、振り向くなりミミロップは目を輝かせる。
まさしくそれはお目当ての「めざめ石」に違いなかった。
ミミロップはこちらに駆け寄る。
その途中で色々と上機嫌に呟いた。

「いやー、もう焦ったわよ。見つかったらタダじゃすまないしね」
「どういう意味ですか?」

そんな呟きが聞こえて、尋ねた。
しかしミミロップはそれに一度、びくりと明らかな動揺のしぐさを見せる。

「え? あ、ああ! いいのいいの、気にすることじゃないし! わかったわね?」
「はあ……」

少し引っ掛かるが、彼女の事情があるのだろう。
そう思うことにした。
その間にもミミロップは近付いてきていて、ゆっくりとスバルの持つ物に手を伸ばし――

「さーてと♪ んじゃあ、ありが――」


「まてぇーー! ドロボーーーッ!!」

突如空を切る叫びに、スバルは肩を跳ね上がらせる。
ミミロップの手がめざめ石に届く寸前で静止し、代わりに何かやらかした素振りのように口の前へ運ばれた。

「やっばぁ……」

ボソッと一言零れたのとガサリと草むらが揺れたのは同時だった。
ミミロップの一言が合図だったかのように、彼女の目線の先にある茂みから何かが飛び出して身軽に着地した。
それも、一つでなく数十。
そしてその全てが、その黒い目を鋭く吊り上げこちらにガンを飛ばしていた。

「またお前かドロボーウサギめ! 今日こそは覚悟しろ!」

そのうちの先頭に立つひとりがこちらに指をたてた。
おそらくリーダー――いや、店長だろう。
それはダンジョンや街でも見かけるカクレオンの店員だった。
スバルも護衛をつけて街に出向いたときに見たことがある。
あの気前のよいポケモンたちではないか。
それがなぜ、こうも恐ろしい形相で怒っているのだろうか。

(どろぼー……一体誰が?)

そんな間にも、彼らの目はスバルの持つ「めざめ石」を捉えたようで――先頭のカクレオンが声を張り上げた。

「ドロボーウサギめ、仲間を増やしたって逃がさないぞ! おいブースター! お前もドロボーは許さないからな!」
「ど、どろぼう!?」

その言葉を急速に理解する。
やっと状況が掴めた。

カクレオンたちが怒り狂っているのは誰かに商品を盗まれたから。
そして自分の持つ「めざめ石」がそのうちの一つであること。
つまり、スバルも犯人だと間違われているのだ。

「あーもう、しょうがないわね! ちょっとアンタ! 捕まりたくないならしっかりついてきてよね?」
「えっ? え、ええ?」

ガシッといきなりミミロップに手を握られ、スバルは動揺する。
いきなりだったからというのもそうだが、本当の理由は違う。
本当の理由は、そう――

「『こうそくいどう』♪ さ、走って!」
「は、はい……!?」

素早さを最大にまで引き上げたミミロップに抱えられ、意図せずとも彼女についていってしまう。
買い物カゴとめざめ石も一緒にだ。
そのあまりのはやさで一気にカクレオンたちのもとから遠ざかるのを、スバルの瞳ははっきり見ていた。
カクレオンがかんかんに怒っている様子も目に焼き付いていた。


――思わず動揺した本当の理由は、そう……。


「アハハ♪ せっいこー成功! 今日の収穫もいい感じね!」


――彼女がドロボー、つまり犯人だということだ。


抱えられていたためちゃんと表情は確認できなかったが、声からしてきっと笑っている。
甲高いいたずらっぽい笑いが鼓膜に届いていた。

この時点で、スバルのおつかいは狂い始めている。
PR
 HOME | 96  95  90  89  88  83  68  67  66  65  62 
忍者ブログ [PR]