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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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扉のような形の格子をした大きなガラス窓が、いくつも壁に連ねられている。
透明な板を隔てて覗く風景は暗黒で、輝かしい屋内とは対照的だ。
高い天井と、そこから釣り下げられたいくつもの照明に照らされた下――いくつものテーブルとずらりと並べられた数多の料理と、そしてそれにも負けず劣らずの数のポケモン達。
そこは、賑やかできらびやかであった。
方々から聞こえる談笑は無邪気な子供たちが上げるようなそれではなく、慎ましく、品を備えた笑いだ。
振舞いから会話まで、気品をこれでもかと醸し出した者達がそこに集結している。
時刻は既に日も落ち、まさに夜の宴という言葉がふさわしいだろう。




「すごいですね……」

あたりを見渡して呆気にとられたようにそう呟くブースターのスバル。
少女の目に映るのは、華やかな貴族の面々――尋常ではお目にかかれない顔ぶれが、優雅に晩餐を楽しんでいる。
スバルが驚くのはこれが初めてというわけではなく、もう先程から何度も何度もこうなってしまっているのだ。
どうにも目が慣れず、落ち着かない。圧倒されてしまうのだ。
そんなこわばる少女を、側近のロズレイドは見かねた様子であった。

「このような大きな宴会は初めてなんでしょう?」
「は、はい」

戸惑うようにロズレイドを見上げたスバルだがすぐに俯き、どこか恥ずかしそうに答える。
今夜はジオ家――上流貴族であるエアームド一族のことだ――の屋敷でのパーティーである。
屋敷の主人はなにかとスバルを気にかけてくれる気性で、今日も彼からの招待を受けてやってきたわけなのだが……。

「私、やっぱり来るべきじゃなかったんじゃ……」

周りにいるのは誰もかも立派な大人たちで、比べて自分はまだ子供。
その上、礼儀作法の心得はあるとはいえ、実際にこんなものを見てしまえば自信といえるようなものはいとも簡単に萎れてしまった。
そんな考えを抱くスバルに、ロズレイドはなだめるように言葉を続ける。

「緊張する必要はありませんわ。それに、アドラス様が直々にお誘いくださったんでしょう? 自信をお持ちになって。でなければアドラス様に失礼ですわ」
「……そうですね。ごめんなさい。ありがとうリアゼム」

どうにか気を持ち直したスバルはようやく、いつものような明るい表情を見せた。
それを確認してか、ロズレイドの顔も柔らかになる。
彼女の言うアドラスとはジオ家の主人の名である。今日の催しの主催である男爵だ。
そしてリアゼムとは、無論ロズレイドのことだ。
特殊護衛部隊レブル。その隊長を務めるリアゼムは、スバルの直属の護衛だった。

「何かお困りなら私共がいますわ。何なりと申し付けてください」

私共、と言いながらリアゼムはちらりと背後を見遣る。
釣られるように、スバルもそちらに視線を移す。と――

「リア様ぁ、ボクお腹すいたよお」
「口を慎みなさいムース。貴方の職務は何だったかしら?」

彼女が目を配らせた先――窓際の手前にはいくつもの白い柱が天井へと立ち並ぶのだが、その一つに背を預けるような体勢で宴の様子を遠目に見ているのは、不服な声を上げたマリルリ。
とはいえその顔は何か企んでいるかのようで、くすくすと押し殺した笑いが漏れている。
マリルリ、ムース。
彼が忠告に対し、はぁい、とわざとらしい渋々といった表情を見せると、リアゼムの目は更に細く鋭く変わった。
それを確認してムースは何か省みたのだろうか、けれどどこか楽しげな声色で返事をすると軽いステップを踏むように駆け寄って、リアゼムと対になるようにスバルの横についた。
スバルが彼の反対側を見上げれば、呆れたリアゼムがいる。
応えるようにまたふざけたような笑い声が聞こえた。

「こぉーんなお偉い様ばっかりの宴なんてぇ、警備も厳重なんでしょお。リア様ひとりで十分だったんじゃあないかな~?」
「それが一護衛の言う台詞でしょうかしら。よく言いますわ」
「うっわあ、リア様のことぉ、信用してるから言ったのにぃ」
「貴方は、当の警備隊に抜擢された内のひとりですわよ? こんな所で晩餐を嗜んでいてよいのかしら」
「もう罠は仕掛けてきたから心配ないねぇ。まあ、他の奴等も屋敷の外やら、会場内にも張り付いてるしぃ」

ムースは示すように窓のほうを窺い、リアゼムもそちらに注意を払った。
スバルも目を凝らしたが、見えるのは丘の上から見下ろす夜の街並みだけである。何者の影もない。
きっと、見えないだけで居るのだろう。例の警備隊のメンバーが。
外だけではない。おそらくムースのように中にもだ。
とはいえ彼のように呑気に催しを満喫しているとも思えないが。
警備隊というのは腕利きの護衛などを集めて組んだ特別なチームだ。
こういう、要人が集まる時などに編集される。
主にはフリーの――勿論相当腕の立つ――護衛などが雇われるのだが、ムースのように編隊の中から抜粋される場合もある。
彼のように警備隊として導入された用心棒だけでなく、リアゼムのように主人の側近として訪れた従者もいる。
彼らの腕も尋常ではない、並外れたものだ。
仮にすべての要人が護衛を従えて訪れているのだとすれば、この中にどれほどの護衛や警備員が紛れているのだろう。
そう考えれば、不届き者が悪事を働くことはおろか、屋敷に侵入することすら困難極まりない。

「それにぃ、ボクから逃げられる邪魔者なんていないんだからさぁ、リア様も気楽にしてて大丈夫だよぉ」

振り返って話す様子は、どこか自信あり気である。
ムースは奇才であり、鬼才なのだ。わざわざ選ばれただけのことはあるとスバルも納得できる。
それはリアゼムも変わり無いようで。

「そうですわね。私も、貴方には期待していますわ。無礼のない程度に参加致しましょう」

かすかに笑を浮かべた口元が彼女の心情を表していた。

「アハハ、そーだねえ」
「さ、スバル。貴方もお好きになさって。私共は傍にいますから」
「はい!」

いつも通りのふたりの会話が、心なしか張り詰まった気持ちを和らげてくれるように感じた。
しかし、やはりきらきらとした周りの様子には怖じけ付いてしまうのが事実。
スバルはいまだわずかな不安の色を滲ませ、やはり当てもなく視線をふりまわすのであった。

――スバル=リロード。
特殊護衛部隊のレブルを引き連れる年端も行かぬ彼女こそ、一貴族であるリロード家の令嬢である。


テーブル上には美味しそうな料理が並ぶのだが、それがまた色鮮やかである。
今夜は宴会なのだから、食事にも一層気を使っているのだろうか。
ジオ家の自慢のシェフか、または呼び寄せた一流のシェフが作ったのかはわからないが、一般市民とは違う価値観を持つスバルでさえその高価さは感じていた。
少し耳を澄ませばあちらこちらから「美味しい」や「これはいい」などの褒め言葉が聞こえてくる。
その食材のいいところをちゃんと活かしてあげることが大事なんだけど、それが難しくて、でもそれが出来れば本当に美味しいものが作れるんだよ。
そんな言葉を楽しそうに話すいつかのお付の姿が目に浮かんだ。

「凛鈴たちも、一緒に来れたら良かったのですけれど」

こんな滅多にない機会、当のお付がもしここにいれば、さぞ喜んだだろうに。
彼の言葉を思い出して、どこか残念に思ったのが口に出た。

「あれぇ、フェ君じゃあないんだねぇ」

なんて考えるスバルの気持ちを知ってか知らずか、傍らのムースがその顔を覗き込む。

「えっ?」
「いや~、なんでもないよぉ♪ 確かにぃ、凛様ならこの御馳走も片っ端から研究しちゃいそうだよねぇ」

怪しげな笑みの後、ムースはくるりと体を回し辺りを見渡す。
一回りして頷く彼の口は、いつの間にかチーゴのタルトを頬ばっていた。
空いたほうの手には取り皿と、その上にはばくれつのタネを砕いて混ぜ込まれた焼き菓子。
いつの間に、と驚くのをよそに、これ美味しいねぇなどと称賛する彼に代わり、

「招待されたのはスバルで、私共はその護衛ですから、大勢で訪れるわけにはいきません。お気持ちはわかりますけれど、欲を言ってはなりませんわ」

リアゼムが答えた。
その目はムースを捉えているが、本人は知ってか知らずか次は焼き菓子をかじっている。

「そう、ですよね……」

わかってはいたものの、改めて諭されると気落ちしてしまう。
その通りなのではあるが、どこか腑に落ない自分は心のどこかで同意を得たがっていたのかもしれない。
なんて幼稚なんだろう。きっと周りの奥様方は、感情に流されないだろうに。

「……いけませんよね。ちゃんと楽しまなきゃ、アドラス様に失礼ですもん」

自身を戒めるように頭の中を振り払うと、頭を上げた時に見えたのは少し先に設置されたテーブル。
メインディッシュなどではなく食後のデザートのようなものばかりが陳列していた。
ムースが口にしていたものも置かれている。
そういえばまだ何も食べていないんだな、と思ったが、見るとなんとなく甘い物が食べたい気分になった。
別に、食べ過ぎなければデザートが先でも構わないだろう。

「お皿、テーブルにあるんですよね?」
「そうそう~。モモンのとかもあるしぃ、美味しいよお、これぇ」
「ムース」

むしゃむしゃ口を動かしながら返答したムースに針のようにリアゼムの視線が刺さった。
行儀が悪い、と説きたそうな彼女と彼とのやりとりに苦笑いを浮かべつつ、スバルは机のほうへ歩を進めた。
もしかしたら、気を紛らわそうとしていたのかもしれない。

「あら?」

そこまでたどり着く前だった。
横目にだが、目を惹く姿が映った。スバルは足を止め、右を振り返る。
改めてそちらを見るが、見えたのは両脇に揃えられた二つの長い机と、その間を一本の狭い道としてバイキングを行う人混みであった。
両の机の上にあるのはオレンやモモンの他、ドリやカイスのような珍しい木の実が盛られていた。この辺りはデザートの域なのだろう。
咄嗟に振り返ってしまったが、誰かそこにいたのだろうか。込み合う中に注意を払ったがよくわからないし、何を見たのかもよくわからなかった。
なんとなく、何か映ったのだ。
そう考えてしばらく眺めていると、うごめく群衆のあいだから、ちらちら向こうの景色が窺えた。
屋敷の壁が見えて、道の向こう側はどうやらすいているようだということに気が付く。
どうしてか注意がそちらに向かったので、机と机、行き交うポケモンとポケモンの隙間から、スバルは奥へ目を凝らす。
食事の選別を終えたひとりがその込み合いから抜け出した時、生まれた隙間からついに、見えた。

「――あれは」

それまで静止していた足が動く。向きを、視線の方へ転換した。
バイキングを楽しむポケモンたちに挟まれて出来た狭い道を、見えたものに向かって真っ直ぐにくぐり抜ける。
甘い香りが鼻をついた。
デザートを求めて続々とやってくる要人たちに、奥に消えたスバルの姿は完全に見えなくなっていた。



「――いい加減に、貴方は基本の作法を身に付けるべきですわ。いくら主人から指名されて訪れているとはいえ、それでは貴方の仕える屋敷の名すら汚しかねませんわよ」

叱る時の声色がムースの耳に障った。
相変わらず別のケーキを口に運びながら、伏しがちのムースの目は煩わしいと言いたげにリアゼムを見上げる。
それに物怖じするようなリアゼムではないが、ムースも勝気に口元を歪ませた。
挑発の態度だが、このような事で、ましてやこのような場で怒りを顕にするような彼女ではない。

「リア様もぉ、しつこいよぉ? ボクは元々、戦闘専門なんだからさぁ、礼儀なんてえ昔から――って、あれえ?」
「どうかしました?」

しかし、不意に上げられた声がその場しのぎのものでないとリアゼムが察知するのは容易かった。
確認するように周囲を見渡したムースが、右の手を口元へやった。
途端、はっとして彼女も辺りを忙しなく見回したが、遅い。
ムースのそれは、何か失態を犯した時に取るポーズだった。

「スバ嬢がぁ、いなくなっちゃってるねぇ……」



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