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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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他の賑やかさとは対照的に、そこは何も置かれていないスペースが広がっており、少しの静けさがあった。
わずかに離れたところから聞こえてくる高貴な笑い声等が、同じ催し会場なのにまるで別の場所にいるかのような感覚にさせる。

その場所で、彼は遠巻きに宴を眺めていた。
白壁にもたれかかりながら、その目は絶えず賑わいのほうを注視する。
密になった場所とは違い、あまり誰かが話しかけてくることもなく見通しの良いこの場は彼には都合がよかった。
おそらく、要人たちは食事と喋りに夢中でこのような空間には気付いていないのだろう。
だから誰かに呼び止められることもなく、それが彼には幸いしていたのだ。

ひとつ息を吐くと、凝らし続けて疲れていた目を伏す。
これも溜息も、誰も見ていないからこそできるのだ。
日頃の疲れを取る暇すら惜しい。時間がない。
少しの時間にこうして目を閉じるのが、彼にはもはや休息であった。

ゆっくり心身を休めたくはあるが、もし休む暇があるのなら、その時間はもっと別の――

リフレクターが張られたようにどこか遠かった音が、ふいに立体的に聞こえた。
それまでの考えは途端に中断し、一瞬で思考回路が切り替わった。
接近する足音か。すぐさま理解して、彼は瞳を開く。
華やかなパーティーを背景に、小さなブースターが駆け寄ってくるのが見えた。





先程までのざわめきが嘘のように小さく感じた。
来た道を振り返ればそれほど距離があるわけでもないし、少し離れるだけでこんなにも違うものなのかとスバルは驚いていた。
視線を戻す。
がらりとした空間が展開し、一面の白壁が見える。
その白に一際映える金赤が目を惹いた。
他には誰もいない静かな場所に、ただひとりだけが佇んでいたのだった。
弾けた音と共に電子が流れ、何かの装置が作動して頭の中の靄が晴れた。
パズルの一片がかちりとはまるように、目に映る姿が先程見えた何かと一致したのだ。

赤い姿と金の鬣。その色と風貌に、思わず親近感を覚えるのはこれで二度目だ。
威厳と気品とを持ち合わせた雰囲気が漂うその目は眠っているのだろうか、閉じていた。

――やっぱり、綺麗なウインディさんだなあ。

おそるおそる近付きながら、そんなことを思った。
すると、それまで閉じていた瞼が持ち上がり、鋭いウインディの目が迷い無くスバルを捕捉した。
見つめられたのには一瞬怯むも、その眼差しが敵意を持っていないとはすぐにわかった。
目の色が、暖かかったのだ。
意を固め、再び真っ直ぐその目の元に歩み出す。

「あのっ!」

思い切って声をかけると、相手は改めるように姿勢を正した。
やはり、こちらには既に気付いていたのだろう。
彼は深く頭を下げ、一礼した。

「リロード家のお嬢様ではありませんか。こんばんは」
「こんばんは。あの、この間は助けて頂いて、ありがとうございました!」

礼儀正しい振る舞いや言葉遣いは、おそらく誰かの護衛なのだろう。
丁寧な彼の表情はどこか固く、感情を押し殺したようだった。
スバルも真似たように、しかし相手のような丁寧なそれとは違い勢いよく頭を下げた。

この間――スバルがウインディと言葉を交わすのは、これで二度目になる。
以前から他の屋敷に招かれたりしていたが、時々互いを見かける事はあった。
その都度彼が誰かに付き従っていたのを思い出せる。おそらく彼にも、レブルを率いたスバルの姿が記憶にあるだろう。
話したのはそのうちのたった一度。つい先日の話だ。
招待先での奇襲に巻き込まれ、連れていたレブルの護衛とも離れ離れになった時がある。
レブルはおろか、その場にいた者たち皆からスバルだけ、分離されたのだ――自業自得ではあったのだが。
たったひとり取り残されて逃げ場を失っていたところを、こちらの彼が救ってくれた。
だから、ずっと礼が言いたかった。
しかし当の相手は意外そうに目を見開く。

「とんでもない。私は、自らのすべきことを全うしただけです。お顔を上げてください」
「それに叱って下さったこと、とても感謝してるんです」

そんなことを語りつつ、ゆっくりと顔を上げたスバル。
にこやかに笑う彼女に対し、相手は一度押し黙ると瞳を閉じた。
貴方は身の程知らずだ。
そんな言葉が、脳裏に蘇ったのだ。

「……とんだ無礼をお許し下さい。あれは、私に非がございます」

再度、深々と頭を下げた。
慌ててスバルが何か言おうとしたが、動いたのは相手の口が先だった。

「責任者とはいえ、まだお若いお嬢様です。その純粋な感性を抑えては、貴方の人格を壊しかねない」
「いえ、ですからいいんです! 確かにあれは、私がお付の言う事を聞かなかったわけだし……」

恥じるように呟くスバルだが、難しい言葉の解釈があっているかも自信がなく、徐々にその声が細く消えてゆく。
頭を下げたままの彼と、何をいうべきかわからなくなったスバル。
向こう側で聞こえるパーティーの賑わいが、余計に沈黙を自覚させる。
気まずさに不安を感じかけた時、くす、とウインディが声を漏らした。
どうかしたのかと見れば、こちらを窺ったのだろう彼と思わず目が合った。

「いえ、すいません。……敬語が外れております。苦手なんですね」
「え!?」

苦笑して話す彼の言葉に思わず顔が赤らんだのがわかった。
咄嗟に隠すようにしかけるものの、顔を背けるのは失礼なんじゃ、と考えると実行することもできず。
おろおろとうろたえる様がまた彼になにか思われたのだろうとは、その口元がかすかに笑ったことから読み取れた。

「スバル」

馴染みのある声がはっと我に帰らせてくれた。
出処を見ると、リアゼムが駆け足で込み合いのほうからこちらへやって来ていた。
そういえば、彼女らには何も言わずにここに来てしまっていたんだったか。
ウインディのほうも彼女に注意を向けていたので、紹介しようかと考えながら嬉々と笑いかける。

「リア――」

リアゼム、と言おうとして、さっきウインディと話していたことを思い出す。
身の程知らず。それは欲に忠実がゆえに、周りのことへの考えがいたらなかった自分に宛てられた警告だった。
いくら護られる側とはいえ、側近を放っての行動が目立つスバルは、護る側にもいくらか負担がかかってしまう。

「もしかして、また私……!」

ちょうど前回もそれではぐれ……そしてこの現状を見る限り今回も、同じだ。
顔色を変えたスバルの傍に、リアゼムが再び付いた。

「私が注意を怠ってしまっただけですわ。スバルが自身を責める必要はありませんから、大丈夫です」
「ご、ごめんなさい」

うなだれたスバルに、もういいと言いたげに返すリアゼム。
そんな様子をしばらく、黙ってみていたウインディだったが。

「……それは側近を名乗る者として、あるまじき失態だな」

低く問いかけた声が、侘びるリアゼムの目の焦点をスバルの背後に定めさせた。
無論、そう発したのはウインディの彼だ。

「あの――」

どうしたのかと見上げたスバルが思わず硬直した。
特に彼に変わりはない。だが目の色が先程までとまるで違った。
恐い。喜怒哀楽の怒というより、無感情に近い気がした。
冷徹な眼差しがリアゼムに突き刺さるが、彼女は毅然としてそれを見つめ返す。
無意識に数歩後ずさったスバルは、交わる交わる間近でふたりの顔を眺めるしかできない。
やがて口を開いたウインディの声は、心なしか重く厳しく聞こえた。

「お前のことだ、誰かの説教でもしていたんだろう。その熱心さは誉めるべきだが、もし私が悪党なら、どうなっていただろうな」

……そうだ。この声。
冷たさの奥にふと、どこかで聞いた気がしたのだが、以前に彼の口を聞いたのは例の言葉しかありえない。
もう一度そちらを見たがやはり厳格なのには変わりなく、もし目が合えばと想像すると直視なんてできなかった。
反対のほうはといえば沈黙を守ったまま相手の尋ねに答えない。
きょろ、と左右を見比べるスバル。
すると、リアゼムのほうの口が開き、

「……ご指摘の通りですわ。精進します」

発したそれとともに、軽く頭を下げた。
それを見て思わず足が動く、スバル。
リアゼムにすり寄ると、恐る恐るウインディを見上げた。
だが予想に反し、その目付きは先程までのそれではなかったのだ。
彼は深く息を吐くと目を付して、次に開けば表情がいつかのように戻った。
クックと抑えた笑いが互から漏れて、次に言葉を続けたのはウインディのほうだった。

「久しいな、リアゼム」
「ええ。以前、スバルを助けて頂いたのには感謝しますわ」

一変して和らいだ表情で、彼の口から出たのはそんな言葉。
それもそうだが、対するリアゼムが違和感なく慣れたように応えたのが、わけがわからなかった。

「どうかしました? スバル」
「え……」

呆気に取られているスバルには今気付いたのか、リアゼムが怪訝な視線を向けた。ウインディもだ。
視線をふたつ受けて、スバルはその両方に向かって交互に目を泳がせる。
だが、やがてウインディのほうに落ち着けるとようやく口を開き――しかししばらくは言葉になっておらず、ぱくぱくと口を動かしているだけだった。

「あのう、リアゼムをご存知なんですか?」

やっと出た声で、食らいつくように彼ににじり寄る。
彼はじっとスバルを見た後、その目を彼女から外して別に向けた。
その先にいたのはリアゼムである。
スバルはまた、彼女にも同じように言いたげに目を向ける。
それを理解しつつもリアゼムは何かを指図するように瞳を閉じ、それを確認したウインディも頷いた。
ふたりが何かの意思疎通を行ったのはわかるが、なんのことだかわからない。
気になって仕方のないスバルに、ウインディの視線が向いた。

「幼馴染み、ですね」
「リアゼムと、ですか?」
「ええ」

彼は苦笑を浮かべると、片手を胸に浅く頭を傾げた。敬礼の姿勢である。

「グレイズ=レオンハーク。護衛官を務めております。改めて、お会いできて光栄です、スバル様」

丁重な言葉遣いで身の上を述べると、もうひとつ付け加えた。
グレイズ。その名を聞いて頭の中で反復させた。
そういえばずっと知らなかったんだ、と今更思う。
やっと名前がわかったのが、妙に嬉しかった。

「私はスバルっていいます。仲良くしてくださいね、グレイズさん」

花のような笑を浮かべ、スバルは答えた。
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