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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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とある林に、特別なリンゴの木があるという――。




そこも他と大差無く、じめじめとした空気と木の葉の陰で暗い場所だった。
木々が疎になった場所ですら上を向けば別の木が手を伸ばしている。
僅かな光を求めて身を延ばすしぶとい草むらが、樹木のいない場所を狙って隙間なく集う。
その緑の塊から揃ってふたつの影が飛び出す。

「ったはは! 離脱成功じゃん!」
「ホントホント! ラルフってばチョロいチョロい」

なんてふざけた笑い声が木々の隙間でこだました。
赤い鶏冠と雲の翼。薄暗いそこでもしっかりと見分けられるコントラスト。
空を駆ける種族、ピジョンとチルタリスのふたり組なようだった。
もう日も沈むのだろうか、みるみる内に暗くなる周囲など、彼らは気にするものではないのだろう。
不気味になるにつれ、どんどん楽しくてたまらなくなっていた。いつでも気分は反比例するものだ。

「幽霊の森は今頃どうなってるかなー。こっちは静かだから申し訳ないね」
「にしても、うちらも悪じゃんねー」
「別にいいんじゃないの。俺らだって用があったわけなんだし」

チルタリスはそう返すと自らの翼に何かを探る。
ああ、あったあった。などと声を上げたかと思うと左翼を高く掲げ、次に大きく降り下ろした。
綿のような羽の間から銀色が飛び出して跳ねる。
バウンドと共にキンキンと声を上げて転がった。
それを途中でピジョンの方が静止させた。
彼女の翼がそれを拾い上げたのだ。

「あんたも、よくなくさずに持ってんよね」
「お前と一緒にすんなっての」
「何それ!」
「とにかくさ、ちゃっちゃと片付けて帰ろうよ」

むきになった相手をあしらいつつ、チルタリスは背後に注意を払っている。
切れ長の目を、そちらに向けた。
渋々と了解して、ピジョンもそちらに意識を向ける。

ふたりの目には暗い森の風景が映る。
立ち並ぶ木々と、茂みと……そして少し開けたこの場所の一角で、まだ子供の木が盛られたような土に根差している。
木というよりも小枝が伸びているようなそれだ。
フワリと舞い上がったチルタリスはそのまま苗木のもとへ着地して、その翼が幼樹を優しく撫でてみせる。
押された枝は翼が退けばしなやかに身を正す。

「舞羽、『上』をお願い」
「了解じゃん」

応答するとピジョンが羽ばたいた。
頭上には密に絡み合った木の葉の屋根だ。飛び立てるわけではない。

「エアスラッシュ!」

ばらりと広葉が降り落ちる。
彼女はその一部をひと羽ばたきの衝撃波で断っていた。
まさか、強行突破を図るわけではない。
開けた所から、わずかに太く青い光の筋が現れたかと思えば苗木の元に身を下ろした。
ピジョンも遅れてそこに足を着けた。
隣で控えるチルタリスは翼をかざしたりしながら、しばし夜の日だまりを見つめていたのだが。

「オッケー! ばっちりピンポイントってとこだね」
「へへ、照れるじゃんかー! うちの実力と琥白さんの教えがいいからだってー」
「九割は琥白兄さんのおかげだよね」
「細かいとこまでうっさいなー」
「まー、別に何だっていいじゃん?」
「まあね。で、まさか落としたりしてないよねさっきの?」
「まっさか!」

笑いと共に広げられた白毛に飲まれるように、銀色が光る。
それを苗木の上――月明かりの中にさらせば、眩しい輝きに目を伏した。

「ここの生態系ってどうなってんだろ」
「さあ。どっちにしろリンゴはあるし、いいんじゃない?」
「リンゴだって種類あるんだしさー。これで生態系壊すことになったら、提案した咲羽のせいだかんね?」
「えっ、こっちの世界にリンゴの種持ってきちゃった舞羽のせいだろ?」
「育てようってノリノリだったのはあんたじゃんかー!」
「知らないなあ、そんなこと」

いたずらに笑うと、ピジョンには気にも止めずに羽を伸ばす。
その綿毛で苗木を包み込んだ。
銀色――よく見れば環状である――をその枝のひとつに通した。
大きさの合わない輪はずるずると先端から下へと滑り落ちたが、分岐部分に引っ掛かり止まった。

「育つかな、これ」
「種からここまでなったんだし、大丈夫っしょ」
「はー、しばらくはこそこそとリンゴの世話か。柄じゃないよ」
「アハハ、どの口が言うかって感じ」
「昔じゃないんだしさー」
「まあね」
「……無事に実が成った時はさ」
「その種をまた植えよっか」
「……だね」





とある林に、特別なリンゴの木があるという――。
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