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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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「花が欲しい」
「花?」
「ああ」


部屋は私と彼の二人だけになっていた。
花が、と繰り返す彼に、わけがわからないと首をもたげる。
彼は古い本と向き合うことが常で、まさか花なんて可愛げのある言葉がその口から漏れるなど、誰が予想できただろうか。

「今の時期ならどうだろ、この間キザキの森のあたりに綺麗なのが咲いてたけど」
「それは誰かに贈るのに恥じないような花か?」
「さあ……雑草かもしれないね。贈り物なら、トレジャータウンのあたりで買うのが一番だよ」

彼は私が言うのを聞くなり、そうかと一言呟いて俯いてしまった。
視線の先に、昨日図書館から借りてきていた古書が開けられている。
端に積み上げてあるものもどれもこれもぼろぼろで分厚く色褪せたそれで、花の図鑑などではないだろう。
仮にそうだとしても、贈り物にする意義は読めなかった。
綴られた内容に感化されたという線も薄い。彼が読んでるのは小説ではないのだ。

「贈るって……君、どうかした?」

もやもやが気持ちわるくて、思いきって聞いてみた。
彼の目は相変わらず文字の羅列に注がれている。
思わずちゃんと聞いてるのかと問いたくなるかもしれないけれど、彼が何かを読み流しながら会話をするのは常だった。
私も慣れてる。
でも、今日はなんだか返答が遅かった。

「墓参り、だ」

ぽつりとそんな言葉を出したので、一瞬だけ理解に戸惑った。

「親族の?」
「姉だ」
「そう」

姉がいたんだ、と思ったけれど構わずにそう返した。
詮索すべきじゃないなと感じてこちらから探るのはやめておこうと思ったけれど、彼のほうから続けた。

「日を置いて行っている。供えるのに、なるべく綺麗なものが要る。けど……姉上が好むものが、俺にはよくわからない」

そんなことを言われた。

「私の感性が君のお姉さんに似てるとも言えないけれど」
「君のほうがマシなはず……それに自身も花だろう」
「それは……そうだけど」
思わず首を傾げると、鮮やかな花弁が揺れる。
私の分類が植物だからって、それを決め手にされるのは、ちょっと。

「君の口から花なんて言葉が出るなんて、正直思ってもみなかったよ」
「だから、だ」
「え?」
「花は……俺の柄に合うものじゃないから、選べない」

そこまで言って、彼は再び書物の世界へ入り込んでしまった。
ああ、そっか。おつかいを頼みたいんだ。
彼らしいな、と思わず笑みが浮かぶ。

「恥ずかしいことじゃないよ、それは」

そう一言添えるのが一番だと思った。
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