小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
「全く……気を利かせた俺が寄ってなかったら、今頃どうなってたんだろなー」
呆れた表情を浮かべ、咲羽は吐息をもらす。
強弱のない棒読みの言葉は非常に耳に障り、反響するものがないこの場所ではこだますることもなく空に紛れて消えた。
依頼の帰りではなかった。
普段なら道具を収納するバッグがあるはずの位置に、今日は何故か籠を持っていた。
木を編んで出来たそれの中には土臭い肥料袋やジョウロが入っている。
あとは小さく実った赤色いヒメリの実がいくつか目で見て数えられる程度だ。
咲羽が進むのは完全な野道で、林のように木々がはびこっているわけではない。
手入れもされない雑草が思い思いに背を伸ばしている荒れ地だ。
草の丈が高く、足元が見えないので適当に踏み分けて進む。
翼を持つ彼なら歩かずとも飛べば済む話だが、他の鳥ポケモンに比べてそこまで飛ぶ方が便利だとも思ってないのが咲羽だ。
このまま進めばやがてちゃんとした道に出る。
そこを辿れば街に通じ、しばらく歩けば基地へと戻れる。
先程まで、「彼ら」は木の実を付ける植物が背を伸ばす、手入れが行き届いた敷地――いわゆる畑にいた。
呆れた表情を浮かべ、咲羽は吐息をもらす。
強弱のない棒読みの言葉は非常に耳に障り、反響するものがないこの場所ではこだますることもなく空に紛れて消えた。
依頼の帰りではなかった。
普段なら道具を収納するバッグがあるはずの位置に、今日は何故か籠を持っていた。
木を編んで出来たそれの中には土臭い肥料袋やジョウロが入っている。
あとは小さく実った赤色いヒメリの実がいくつか目で見て数えられる程度だ。
咲羽が進むのは完全な野道で、林のように木々がはびこっているわけではない。
手入れもされない雑草が思い思いに背を伸ばしている荒れ地だ。
草の丈が高く、足元が見えないので適当に踏み分けて進む。
翼を持つ彼なら歩かずとも飛べば済む話だが、他の鳥ポケモンに比べてそこまで飛ぶ方が便利だとも思ってないのが咲羽だ。
このまま進めばやがてちゃんとした道に出る。
そこを辿れば街に通じ、しばらく歩けば基地へと戻れる。
先程まで、「彼ら」は木の実を付ける植物が背を伸ばす、手入れが行き届いた敷地――いわゆる畑にいた。
咲羽の属する探検隊には、隊員以外にも身を置く者がいた。
「う……」
うちひとりが、ちょうど彼の横をついて歩いている、ナエトルの里都。
わざとらしく声を張り上げた咲羽のすぐ横で、当然のこと里都は表情を曇らせた。
落胆されてる、と感じる。
いつからかわからない自虐癖が瞬時に脳裏を掠めたのだ。
今の場所に身を置くことが決まった頃にはもう、彼女にはその癖が当たり前のものとなっていた。
「だっ大丈夫です! ……い、いつもはひとりでやってますもん……!」
すぐに抗う言葉を発するものの、悲しいかな声色は正直だった。
言葉は震え、最初の一音はわずかに調子が外れ、思わず言葉に詰まり……言葉に詰まるのはいつものことだが。
里都の意見を聞けば咲羽は、じっと彼女を見下ろす。
睨まれたような感覚に思わず里都の視線は背く。
こんなことしちゃ気を悪くされるかもしれないのに、などと心の中で自分を悔やむも、ただでさえ鋭い咲羽の目に対しては仕方ないことなのだ。
「へえ」
ちょうど。同時だった、咲羽から感心したような相槌が打たれたのは。
思わずぎくりと背筋に嫌なものが走るが、そんなこと知るはずもなく彼は構わず言葉を繋げる。
「か弱い里都がひとりで倒れた木を片すとこの想像がつかないんだけど、そんな隠れ技があるんならこれから力仕事はラナちゃんだけじゃなく里都にも頼むことにするよ」
「それ、は……」
ここにくる途中の事。
何があったのか、畑の隅のほうで木がどっしりと身を横たえていた。
すぐ脇の茂みに刺々しく裂けた繊維が露になった切り株があったので、折れたものがこちらに倒れてきたのだろうと予想はついた。
幸いにもまだ何も植えてないスペースだった。
けれど、隅とはいえ畑の敷地を占拠されては後々で困る話だった。
たまたまここまで足を向けてくれた咲羽がどうにか処理したが、里都はむしろ何も出来ず困り果てていただけだ。
咲羽が来なければ、倒木はあのまま放置したに違いない。
「あれは……あの、そのぅ」
「何?」
「ええと……」
さすがに咲羽も強がりの嘘だとは始めからわかっているのだろうが、あれはバレバレにも程がある言葉だった。
返す言葉など見つけられず大人しく口を閉じる里都。
もとから小さかった覇気がみるみる萎む様を眺めているのだろう、咲羽の目にはかすかに笑みの色が浮いていた。
――……はあ。
なんて思っていただけのつもりなのに、無意識にため息が出た。
「あはは、冗談だって」
「じ、冗談に聞こえません……」
フォローを入れる咲羽にすかさずつっこめば、ますます自分が情けなく思えてしまう。
「ため息吐くと幸せが逃げるらしいよね」
「そう、ですね」
「里都これまでに何回吐いてたっけ? ため息」
「……わたしはどうせ不幸ですよぅ……」
いたずらっぽく問いかけられたのに返した言葉は自分から自分を追い込んでしまい、思わず項垂れた。
からかわれるのはもう慣れているが、それでも咲羽の相手は苦手だ。
もちろん悪いお方ではないのだけれど。
「あんまりそんな顔ばっかしてたらさ、あのちょーっと怖い不良みたいなお兄さんに何か思われても知らないよ?」
心配されるような顔でもしてただろうか。
と考えたものの、後半の言葉が打ち消して咄嗟に咲羽を見返した。
不敵な笑みを含んだ顔がこちらを見て、怪訝そうに首を傾げる。
「ん、何さ?」
「ち、違いますよ!」
その顔を見て思わず声を張った。
「何でも外見や第一印象で決めるのはよくないです! さ、咲羽さん何も知らないだけ、なんですから……ちゃんと、ほんとはすごく優しいんですから……!」
「そっか」
「もう、とぼけるのもいい加減にしてください! 不良だとか、そんなこと……!」
「やけにちゃんと意見するね」
「だ、だって、そりゃあそうですよう! 雹我は……」
いかにもわざとらしく驚いてみせる咲羽に、思わずむっと顔を歪ませた。
しかし。
「……ふぅ」
と落ち着いて目を細める彼に、瞬時に頭が冷えた。
嫌な予感がしたが、それを肯定するかのように咲羽の返事が聞こえる。
「……あのさあ。俺、一度も『雹我』なんて名前、口に出してないよね?」
「へっ?」
「さっきから、俺が言ったのを勝手に誰のことだか判断して意見してたのって、里都だよね」
「あ……」
しまった。と思うが遅い。
弁解しようと口を開くより先に咲羽の喋りがなだれ込む。
「俺は別に不良だなんて微塵にも思ってなかったんだけどなー。ふうん、里都はそんな風に思ってんだー……おっそろしいなぁ」
「えっいや、あの、その……そっ、そうじゃなくて違うんですよあのっ……ええっと……」
そういえば名前を口に出した瞬間、怪しげに咲羽が笑ったように見えた気がする。
はめられた。
「もし雹我さん見かける事あったら俺が代わりに伝えとこっか?」
「わ、わたっ……わたしそういうつもりで言ったんじゃ……!」
虚実を晴らそうと必死になる姿を見てなお、咲羽は笑みをたたえた顔でこちらを見るのだから恐ろしい。
こちらの内心をわかってはいるのだろうが、だからこそこ彼はこの状況を楽しんでいるのだ。
反抗したらまたつけ込まれるに違いないと思うと喚く声も次第に薄れてしまい、結局里都は黙るしか方法がなかった。
「冗談だよ、冗談」
微笑する咲羽が再びそう口にした。
またため息でもついてしまっていたのだろうか。
――やっぱりわたしって、ダメだ……。
咲羽の言う通りだったと思う。
相手を少しでも悪く考えた自分が、情けなくて仕方なかった。
それに今のこの状況だって、自分は咲羽に余計な手間をかけさせただけではないか。
考えると気分が降下し、それに比例するように歩みは鈍くなってゆく。
――なんでこんなこと考えてるの……。
探検隊アチーヴ。
文字通り探検を生業とし、それと平行して寄せられる依頼をこなす者たちの集まり。
探索場所となるダンジョンは危険に満ち、軽い気持ちで踏み込めば最悪力尽きて帰ってこれない。
また、副業としてお尋ね者の討伐も行う。
自分が身を置くのはそういうところだ。
里都自身はといえば、探検隊として不適な能力の持ち主だった。
危険の潜む地で身を守るのすらままならない。
お尋ね者などもっての他だ。
別に探検隊に入りたくてここにいるわけではなかった。
「行き場」を無くしていた自分を、快く迎えてくれたのがアチーヴだった。
だから、代わりに自分のできることだけはやろうと決めたのだ。
そう決めたはずなのに、自分は倒木すら処理できないのだ。
それで隊員に余計な手間をかけさせる。
迷惑をかける。
自分の仕事すら自分で片付けられないのだ。
――わたし、は……。
自分の居場所は、自分は本当にここにいていいのか、不安でたまらなくなった。
背中が重くなったような錯覚を感じる。
背負った籠の中に、石でも放りこまれている気がした。
「何してんの里都、行くよ」
差が開いた頃になって咲羽が振り返る。
特に返事するでもなく、里都は歩みを止めたままだった。
「何かあんの? この荷物置いて先帰っていい? ……おい、何だって聞いてんのに返事も寄越せないワケ?」
「わたし」
痺れを切らし苛立ちを表した咲羽の声を遮って言葉が漏れた。
「わたし、わたし、は……本当にここにいていいんでしょうか……」
里都が相手の言葉の途中に口を開くのは珍しかった。
そこまで何か意見したい時があるか、あるいはそもそも声が耳に入ってなかった時だ。
今はどちらにも取れるが、とにかくそれは咲羽を唖然とさせるには十分だった。
「……そう思うなら、基地から出てけばいいんじゃない?」
しばらく黙っていた咲羽が、やれやれとした吐息と共に言葉を続ける。
やっぱり邪魔者だったんだな、と思うのは里都だ。
しかし咲羽は里都の返事を聞くでもなく話を進めた。
「里都さ、あそこにいるのが負担になってんじゃないの」
「……はい?」
負担、と聞いて意味が解らずに顔を上げようとしたが、いつにも増して鋭い咲羽の眼が見えて慌てて止めた。
咲羽がせせら笑うのが耳に入る。
「俺的には私生活に問題ない程度に記憶がちゃんと戻るまでうちで面倒見るってつもりだったんだけど、気付いたら里都が木の実育ててたり、雑用任せられてたんだよね。いつの間にか里都があそこにいるのが当たり前! って感じだろ? あそこの皆に押しつけられてるんじゃないの?」
「そっ、そんなわけ……」
強制されてると感じた事は一度もない。
むしろありがたいと思うことばかりだ。
咄嗟に反論しようとした。
「じゃあ逆に訊くけど、里都はここから出て行きたいワケ?」
しかしそれより先に、そんな問いが投げかけられる。
そんなの、出て行きたいワケがない。
自分を迎えてくれたところ。
何もわからなかった自分を助けてくれた皆がいる場所。
ここに居て色んな関わりを持った。
きっとここに居なかったら出会うこともできなかったような関わり。
ここに居て何度も失敗を犯した。
その度に申し訳ないと自分を嫌った。
けれどその時、それを正してくれる者たちがいる。
「里都はあそこにいて楽しいの?」
「……わからない、です」
不満げに顔を歪ます咲羽に宛てるでもなく、かすかな声で宙に言葉を放り出した。
「そ、そりゃあ負担みたいなのは、ちょっとだけ、あります、けど……でも楽しいとかそんなこと関係なく、出ていきたくない……です」
ぽつりぽつりと、最後には消え入るように気弱な声だった。
恐る恐る顔を上げれば冷たい眼差しの咲羽を認めるが、目が合えば張った糸がプツンと切れたように彼の表情が緩む。
「……なら、いいよ」
それは彼が相手を宥める時に使う言葉だった。
そこでようやく、咲羽の真意が少し解けた。
もしかしたら――
「ホントのところ、里都はどう思ってんのか聞きたかっただけだよ。猫さん達がいる前じゃ、仮に出ていきたくたって言いづらいだろ?」
猫さんやラナちゃんなんて勢いすごいしさぁ、なんて小馬鹿にする顔がいつものような顔に戻っている。
やっぱり、と確信したと共に、ふとある事が浮かぶ。
「……咲羽さん、それ言うためにここに……?」
そういえば、今日わざわざここに赴いた理由を聞いていなかった。
気付かれると思ってなかったのか咲羽は、ああ……と何やら気まずそうに言葉を濁しかけたが。
「昨日アネシアさんとエル兄さんが話してたから、暇な俺が代わりに訊きにきてやったの。礼ならあのふたりにしといてよ……って言いたいけど、盗み聞きしてたのバレちゃまずいから、内緒ってことで頼むよ。とりあえず、連れてきた俺にも責任あるんだろけどさ」
最後の一言は何気ないように呟くと、帰るよと言わんばかりに顔を背ける。
振る舞いが、らしいといえば咲羽らしい。
「どうせ自虐癖が暴走しただけなんだろうけど、安心しなよ。誰も里都のこと迷惑だとか思ってないし。まっ、今ここで話し込んで帰りが遅くなればどう思われるかは知らないよ?」
なんておどかされるがそれもそうだ。とりあえずは歩みを戻すことにする。
こちらを待つこともせずに進みだした咲羽の後を、見失わないよう早足に追った。
「あ、あとその名前さ、気に入らないんなら適当に変えていいから」
しばらく進んだところで唐突にそんなことを言われる。
言われてから、そういえば名前について何も気にしてなかったなあと改めて思う。
――里都という名。
記憶が飛び、名前すらわからなかった自分に取り敢えずの呼び名としてアチーヴからもらった、仮染めの名前だ。
もちろん本物ではない。けれど――
「名前は――」
「あっ、漢字当てたのは俺だから、変えた時には俺への侮辱だと思って里都には冷たく当たっても知らないよ?」
「――やっ、やっぱり咲羽さん、わたしのこと嫌いなんでしょう……!」
ちらと振り向いた咲羽の目が怪しげに光ったのを、里都は見逃さなかった。
咲羽はやはり、いつもと同じように笑みを浮かべてこう言う。
「冗談だって。冗談」
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