小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
――崖の下?
――……多分、落ちたんだろうね。気絶してたし。
――でも待てよ、じゃあその血は何さ? 落ちただけでそこまで……アンタをべったべたにするくらい出血するものかい?
――……打ち身と骨折以外の怪我はない……。
――は?
――血は……あの子のものじゃなかったよ……。
――……多分、落ちたんだろうね。気絶してたし。
――でも待てよ、じゃあその血は何さ? 落ちただけでそこまで……アンタをべったべたにするくらい出血するものかい?
――……打ち身と骨折以外の怪我はない……。
――は?
――血は……あの子のものじゃなかったよ……。
ゆっくり意識が浮上する。
重い瞼を持ち上げた先の景色は、知らない建物の中だろう。
木造の、天井が見えた。
どこか近くで、誰かが話しているのが聞こえる。
丁重に手当てされて、寝かされていることを認めると、急にあの虚しさが再来する。
痛みなんて、感覚が麻痺したようでわからなかった。
「……どうして……」
断片的によみがえる記憶。
頭の中で展開されたあの景色。
そこから突き落とされる、自分。
突き落とした師匠。
酷い形相で何かを叫んでいたけれど、宙に投げ出された自分に理解する術は微塵にもなくて。
ただ心には、一瞬にこの外傷よりも深い傷が遺されて。
頭が真っ白なまま落ちてゆき、一番下にたどり着いたとき、そこで意識が飛んだ。
――ああ、そうか。
「どうしてですか……」
ぼんやり目の前に浮かぶ師の姿。
それは自分が作り出した勝手な幻影にすぎない。
けれどただ一心に、愛しいその幻へと手を伸ばす。
届くことのないその幻はゆらりと失せて、手伸ばした先の現実には木造のそれだけしかなかった。
視界が、水面のように歪んだ。
尊敬していたのに。
憧れていたのに。
お役に立ちたかったのに。
強くなったのに。
追いつきたかったのに。
こんなにも愛してくれたのに。
なのに。
「かが、り、様……っ!」
拙者は、捨てられたのですか?
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