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小説置き場。更新は凄く気まぐれ。
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――優しいのは、あなたのほうでしょう……?





  ようやくはっきり意識を取り戻した時、そこは森のような鬱蒼とした場所だった。
元居た山の麓の草むらとはまるで違う。 
  
  今までも意識はあるといえばあったのだが、己の意志で行動が出来なかった。

“意識”はあるが、“意志”がない。

  セイルにとって、それはもう馴れた事柄になりつつあるほどだった。
今回もいつものように記憶は途切れたように思い出され、頭のなかでぽつ、ぽつ、と写真のように場面が浮かぶ。
また、それと同時にその身に帰ってくる、痛み。
見るとなるほど、左の二の腕あたりの布地は切れて、そこからじんわりと血が滲む。深手ではなく掠り傷だったことだけは幸いだ。
それ以外にも背中の方がどこか打ったのだろう、じんとした痛みに遇わされる。 

  心と身体の記憶が重なった時、ようやくセイルの記憶は鮮明になる。

――ああ、そうだ。修行中に。

  シロガネ山の麓でフィノスと修行している最中、不意討ちで、野生のポケモンに襲われた記憶がよみがえる。
この傷等はその時に出来たものだ。
そしてまた、自分の意志が『あちら』の自分に移ったのもその時だ。
襲われた直後からの記憶が欠落していることから容易に想像できた。 

「やれやれ……」

  どうにかならないものかな。自分を。
ぼそりとした呟きを残し天を仰ぐと、見えたのは繁茂した黒い木々の延長しかなかった。
点々とその合間から青黒い空が覗く。
もうそんな時刻かと考えさせられると共に、フィノスには悪い事をしたなという念が抱かれた。
先に帰ってくれていればいいんですが。と心の内で願う。

  当分日の光をたたえないだろう空から注目を外した彼は、とりあえずずっと――おそらく意識が途絶えたときからだろう――中途半端にひろげられた扇をそっと閉じた。


  ぼうっと、セイルは闇の向こうに目を細める。
その先に見えるのもまた細いものから太いものまでのまばらな大きさの木々の幹ばかり。
身の丈あたりにまで迫る茂みがぽつ、ぽつ、と地面に分布する。
地面は連日の雨のせいかぬかるんだ土のそれだ。
そうすると、やはりここは森などの類いであろう。
分かるのはその事と視界が悪いということである。

――ここはどのあたりだろう。

  幸い怪我も大したことは無さそうだが、早く皆のもとへ戻るに越したことはない。前にも一度あったが、自分を探してくれている可能性もある。
あの時はまだ昼間だったが、今回は打って変わってなこの空。
空を飛べれば戻るのもすぐだが、生憎今はそこまで出来るほどの体力を持ち合わせているかと言わると即答は出来ない。

一度試してみようか――

「……っ」

  跳躍しようとした時、地を蹴ろうとした左の足首に不快なものが駆け巡った。
ズキリ。そんな感覚があったかと思えば、じりじりと痛みはそこで停滞した。動かそうものなら鋭い感覚が再来する。

「……左から襲われたか」

  厄介なことになった。
思わず口から出たのは、困惑ではなく、そんな分析と苦笑。
不幸中の幸い、右には支障はなさそうだが……。

「まったく」

  腕と背中のそれを堪えながら、森を抜けることにこの右足だけでどれだけ持つだろう。
そう考えていた時、なにか妙なものが聞こえた。 


  足音がした。

  パタパタと、軽やかに地を蹴る、足音。
足取りからは走っているととれた。

――フィノス達? 

  真っ先に浮かんだ仲間達の顔。

  足音はひとつ。
音からして、男ではないな、と思う。
だとすると蕾花か、エリアムか、リクルか……この足音は単独で、だとするとエリアムが1人でこんな森をうろつけるとは考えられない。
なら蕾花かリクル――それとも関係ない誰かか?


  そこまで考えたその時――思考を巡らす事に集中して、音が近くなったことに気付かなかった――後ろの茂みがガサリと揺れた。

「っきゃああ!?」
「!」 
 
  咄嗟に振り向くと……背後の茂みから少女が飛び出したかと思うと、びたん、と音を立てそのまま前のめりに転んだ。

「なっ……」

  地盤が悪い。足でも滑らせたのだろうか。
助けの手を貸すべきだろうが、いきなりの出来事に、しばし体が動かなかった。
呆気にとられ、しばらくすこし離れた場所の彼女に視線を留めていると、

「い、たた……」 

  片手で額を押さえ、ゆっくり体を立て直す彼女。

「ま、またやっちゃった……」 

  そんな呟きが聞こえた。
転んで所々に泥が残っていたが、特に外傷はないようだ。
心配はなさそうだなと思っていたら、俯いていたその顔が、はっとしたように上げられた。

「って、あれ?」

  再び手を額――ではなく、目元あたりにやっている。
顔からは不安の色がうかがえ、きょろ、と周囲を見渡し始める。

「ない……!?今のでどこかに落としたのかしら……?」

  恐らくセイルにはまだ気が付いてないようだ。
彼女は慌てて何かを探しだした。

「……?」

  いい加減声をかけようとした時、セイルの視界で、地面で何かが光った――正しくは光を返した。

セイルのすぐ近くに、彼女のものと思われるそれが落ちている。
ひょいと拾い上げて見れば、眼鏡だ。

「これのこと……ですか?」
「え?」

  セイルが小さく言葉にしたので、彼女は驚いて振り向く。
落とした場所が場所だ、跳ねた泥で汚れていた。
セイルはそれを拭いながら彼女のもとまで歩み寄ると、同じ目線に屈む。
すっとそれを目の前に差し出したが、彼女はまさにポカンとした言葉が当てはまるような表情だった。
状況が状況か。
無言のそれに、セイルは言葉を足すことにした。

「眼鏡、あなたのじゃないんですか?」
「え?あ……!」

  彼女は差し出されたそれを手に取ると、それからセイルを見上げた。
セイルの存在には、今気が付いたようだった。
その顔にぱっと笑みが浮かぶ。

「そう、これだわ!どうもありがとう!」 

  優しい笑顔で礼を述べると、彼女はセイルからそれを受け取った。

「いえ。お気になさらず」
「私よく転んじゃって……これがないと、目も見えないから助かったわ」

  彼女はそう困ったように笑いかける。

  しかし突然、眼鏡をかけなおしていたその顔から、すっと笑みと血の気が引いた。

「そ、それ……一体どうしたのっ……?」

  おそるおそると彼女は問う。
セイルはよく解らないというように首を傾げる。
が、数秒、間を開けて彼女の視線の先に気付く。


  そこには、左腕の怪我。


  ふっと眼鏡のことが浮かんだ。
視界が悪くて今まで気が付かなかったのだろう。

「これのことですか」

 セイルにとっては見慣れたものだが、普通はそうでもないだろう。
ああ、と声をもらして、わざとらしくそれを隠した。

「いつものことなので。気にしないでください」


――あまり『あちら』の自分については触れられたくない。

  咄嗟に作り笑いを浮かべ、そんな返答をした。
スルーしてくれれば、と思うセイルだったが、

「いつもって……そんなことない。いつものことなら、なおさらだわ」

  ふるふると首を振ると、彼女は食い下がらなかった。
悲しげに、その目が傷へと向けられる。

「そんな怪我で、一体どうして――」

  すると彼女の右手がセイルに伸び、そっと左の傷に触れようとした。


――瞬間、ぞっとしたものが背筋を走り、


「触るなッ!」

  パシンッ。

  静寂の森に乾いた音が走る。
思わずその手を、セイルは払い除けた。
いきなりの事に、赤い目は大きく開いた。

「え……?」 

  相手が声を出してはっとした。
自分の目付きが鋭くなっていたのに気付いたセイルは慌てて彼女から視線を反らした。
彼女は困惑している。
その手には確かに軽い痛みが残っている。

  木の葉が、風で音をたてるのが聞こえる。気まずい沈黙が訪れた。

「あ、あの……」

  何か言葉を探していたのだろう彼女が、躊躇いつつ口を開く。

「ごめんなさい。そうよね、私ったら……」

  その目は、常に下を見ていた。
自分の行いを悔いているようだとはセイルにも容易くわかる。 
だが、悪いのはこちらのほうでもあった。
相手は自分の事情など知るはずもないのだから。

「……二重人格なんです」

  ぼそり、と、セイルが口を開いた。
その呟きを聞き逃さなかったのだろう。
相手が反応したので、続けて言葉を紡ぐ。

「ここには気が付いたらいたんです。僕にはもう片方の人格の時の記憶はありません。最近よくあるんですよ、こういう事」
「……それじゃあ、ここがどこかも知らずに?」 

  彼女のその問いに、こくりと頷いてみせた。
今までも仲間や、他にも関係無い者も巻き込んでどれだけ暴れたのだろうかと思うと、胸が痛む。
最近は記憶の欠落が多い。
つまりそれだけ人格が変わっているのだ。
だから迷惑をかけないようにあまり他人とは関わらないようにしていた。
しかし気を付けていたあまり神経質だったか、逆に彼女に先のような態度を取ったのは……自分まで『あちら』の自分のようになってしまいそうで、恐い。

「……もう片方の僕は相当凶暴なようです。仲間から聞いただけですけどね。だから――」

  先程から黙って話に耳を傾ける彼女にも、もうこれ以上迷惑をかけてられないな。と思う。

「僕には関わらないほうがいいです。危険ですから」


 この言葉も、だいぶ言い慣れた。




 痛みが走るのを無視してセイルは立ち上がる。

「それじゃあ、僕はこれで」
「……」

  相変わらず、彼女は何も言えないのか黙っていた。
セイルは一礼すると、その場を去ろうとする。
去る、と言っても、この怪我で森を抜けるのは、やはり難しい。
振り出しに戻った。どうすべきかと考えていると――


「その怪我じゃ危ないよ。一緒に行きましょう?」

  踵を返したところで、後ろからそんな声が投げ掛けられた。
ちらと振り向けば、彼女はこちらを見上げている。

「笑うのだってそう、無理して笑わないほうが……」

  不意に彼女が言葉を加えたので、内心驚いた。
冷静を装い、構わずセイルは即席の笑みを作る。

「何言ってるんですか。僕は別に――」
「だって」

 しかし言葉が挟まれ、続きを止めた。
彼女が、視線を止めどなく動かす。
ふう、と一つ息を吐いて、セイルは再び同じ目線に屈む。

「何かあるならどうぞ。途中で止められると、僕も気になるので」

 作りものの笑みで、そう催促する。
それでも彼女は悩んで口を閉じたまま。
ほら早く。と言うように、セイルが小首を傾げた。
目はセイルと合わせなかったが……ようやく彼女はゆっくり言葉を出す。

「だって、辛そうだよ」

 おそるおそるといったように、小さく。
思わず視線を反らすセイル。

「……どうして、そう思うんです?」
「私、相談乗ったりするの得意なの。顔を見てたらわかるわ」


 あなたの笑顔は悲しそう。
彼女はセイルの目を見た。

「あまり自分を追い詰めたら駄目だよ。辛いなら我慢しないで」

 先程までとは違い真剣な彼女の対応に、セイルもその顔を見た。
心配そうな顔があった。

「怪我、痛むんでしょう?ここからだと森を抜けるまでだいぶあるわ」

 先程のこともあり触れようとはしなかったが、傷を指す。
彼女は、あの発言を実行するつもりなようだった。
セイルはまたそれを拒む。

「……いつ人が変わるか、僕にすらわかりません。僕は良い奴ではないんですよ?」

 知らぬ間に、たくさん周りを巻き込んで。
いくら『あちら』のせいだとは、仕方がないとはいえ、原因は自分だ。

「関わらないほうが身のためです」

 呆れた笑いを浮かべるセイル。
彼女はふるふると首を振った。

「私もそれなりに戦えるから、心配しなくても大丈夫。それに」

それに。
その後に続いた言葉が、セイルには衝撃だった。


「そんなに他人のことを気に掛けて、あなたは優しいもの」


 彼女が微笑む。
赤い目はじっとこちらを見ている。

「僕は……」

 ざあっと森が騒いだ。
思わず言葉が出なかった。


 自分は、優しくなんて――。


「……あなたみたいな方は、初めてですよ」


 ぼそり、とそんなことを漏らした。



――――――――――――
周りには、『あちら』の自分で“セイル”の価値を決められてばかりだったから。

セイルフェで出会った時のお話。
日向さん宅ルーフェルさんお借りしました!
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